渡る世間は鬼ばかり特別篇前篇

橋田寿賀子ドラマ「橋田壽賀子ドラマ渡る世間は鬼ばかり」。
二週連続二時間特別篇の前篇。
このところテレヴィを殆ど見ない生活を続けてはいるが、今宵は例外。昨年の九月二十九日で最終回を迎えたはずの、最強にクレイジーなテレヴィドラマ「渡る世間は鬼ばかり」の新作の特別篇が四時間分も拵えられて、今宵と一週間後との二週二夜にわたり堂々放映されるとなれば、みすみす見逃す法はないと考え、敢えて普段の習慣を破りテレヴィを点けて、流し見た。
この作品の作風に関して興味深い特徴の一を挙げるとするなら、毎週一時間の通常版が殆ど台詞のみ聞いていても不自由なく理解できる程の、まるで朗読劇のような形に拵えられるのに対し、特別編は何時になく雄弁な映像を織り込んで豊富な情報を含有してみせる場合があるということがある。その意味で今宵の特別編前篇は実に雄弁だったと云える。
端的な例を挙げるとするなら、長谷部力矢(丹羽貞仁)が無断欠勤の小島眞(えなりかずき)を心配してその実家である小島家ラーメン店「幸楽」を訪ねた場面の面白さを語らないわけにはゆかない。訪問に先立って長谷部力矢は携帯電話で連絡を取ろうとしたが、そのとき覗き見えた携帯電話の画面には所謂壁紙として新幹線か何かの画像が貼り付けられていた。無論これは彼が鉄道オタクであることを表している。彼が鉄道オタクであるという設定が物語において重要な役割を果たしたことは今まで一度もなかったし、劇中に台詞で語られたことさえ一度もなかったと記憶するが、その設定は様々な形で表現され、示唆されてきた。しかも、そうしてさり気なく表されてきたその設定が、この、決して出番の多くはない人物の像を鮮やかに立体化して説得力あるものにしてきたと認められる。
そのことに気付いたとき、この、あたかも台詞で全てを表現し尽くそうとするかのような、そして反面、映像表現には意を用いようともしないかのようにも見える「渡る世間は鬼ばかり」において、殆ど例外のように、最も画による表現に恵まれてきた登場人物は実は、少なくとも近年では、一介の脇役でしかなかったはずの長谷部力矢に他ならなかったのではないか?ということにも気付かされる。何ということだろうか!まさか長谷部力矢が主人公以上の存在感を誇示していたなんて。
だが、この場面にはもっと注目に値する要素があった。
無断欠勤の小島眞に宛て携帯電話で何度も連絡を取ろうとしても小島眞からの応答を得られないまま、ついに「幸楽」の前に到着した長谷部力矢は、電話よりも押し掛ける方が早い!と意を決して店の中へ入ったが、生憎、予て「行列のできる」人気店と化していた「幸楽」の前にはそのときも入店の順番を待つ客が行列をなしていて、その先頭に立っていた客が長谷部力矢に文句を云った。あろうことか、その客が所謂オネエ系の人だったのだ。単なる気紛れとは思えない。インターネット上のテレヴィドラマ談義の場において長谷部力矢という特異な登場人物がどのように語られ、形容されて親しまれているのかを踏まえてこそ、このような客をわざわざ登場させ、長谷部力矢と絡ませてみることに意味があり得ると解されるからだ。
何年も前から、劇中に「インターネット」、「ホームページ」、「ブログやツイッター」等の用語を盛んに取り込んで時流に追随してきた橋田寿賀子は、実際にもインターネットを自ら活用して…ということは流石にないにしても、少なくとも配下や周囲の忠実な者に活用させて、自作に対する世間の反応、ことに好反応を知って、それを自作に反映させているのではないのか?とさえも推察せずにはいられなくなる。
長谷部力矢が仕事で知遇を得た大企業の重役の令嬢と結婚を前提にした交際をすべく、高級レストランに席を予約して、恐らくは生まれて初の(?)デートに臨んだ場面も面白かったが、今宵の二時間の話の中で最も衝撃的だった場面として、寝室における小島眞への大井貴子(清水由紀)の拒否の瞬間を忘れることはできない。父の介護に心身ともに疲れ果てた妻を慰めつつ自身をも慰めようと思ったのか小島眞が寝台上に座っていた大井貴子(否、今は正しくは小島貴子になっているのか)を抱き締めようとしたとき、この妻は「まだ父が起きているから」という理由で小島眞の身体を払い除け、一人で寝台に潜り込んだのだ。
この寝室には寝台が二つ並んでいて、そもそも一つの寝台に二人で寝ているわけではない点も見落とせないが、ともかくも、このテレヴィドラマにおいて濡れ場のようなものが描かれること自体も甚だ稀である中、それが未遂に終わった上、それによって小島眞が深く傷付き、自信を失ったわけで、斯くも性的なことが物語の要をなすとは実に「渡る世間は鬼ばかり」には稀ではないかと思われる。
このように今宵のこの番組には色々な見所が盛り込まれていたが、何よりも真に「鬼ばかり」と形容する他なかったのは、米国から帰国して一年を経た小島キミ(赤木春恵)を、孫の小島愛(吉村涼)も、実の娘の山下久子(沢田雅美)も小島邦子(東てる美)も皆それぞれ邪魔者として扱った場面や、本間常子(京唄子)をその長男の嫁の本間長子(藤田朋子)が邪魔者として扱った場面だろう。無論こんなのは毎度のことではあるが、なにしろ今日は「敬老の日」であるのだ。そんな日に老人を鬱陶しがる話を見せるとは尋常ではない。
とはいえ、小島キミの長男の小島勇(角野卓造)は老いて脚も少し不自由になった母を放っておくことができなかった。しかも、彼は、既に老いてきている自身がもっと老いている母を守らなければならない現実の厳しさを嘆いた。敬老の日に敢えて老老介護の問題を提起してみせたのだろう。
昨年の最終回で婚約したはずの長谷部まひる(西原亜希)と森山壮太(長谷川純)は果たして無事に結ばれるのか?というのも気にはなるが、取り敢えず気にするだけ気にしておきたい問題として、本間日向子(大谷玲凪)がインターネット上で出会った大切な友の「トモ君」こと乃木智(菊池風磨)が次週の後篇にでも登場する可能性はあるのか?ということもある。なにしろ「トモ君」は一年前の出番のあと、佐藤勝利中島健人松島聡マリウス葉とともにSexy Zoneになったのだ。Sexy Zoneが「渡る世間は鬼ばかり」に出演する様子を想像するのは難しい。