ぴんとこな第五話

木曜ドラマ9ぴんとこな」。第五話。
番組開始から三分間程を経た辺の、朝の登校の場面。
歌舞伎の名門「木嶋屋」の御曹司の河村恭之助(玉森裕太)は、密かな片想いの相手である千葉あやめ(川島海荷)と、歌舞伎におけるライヴァルであると同時に千葉あやめをめぐる恋敵でもある澤山一弥(中山優馬)との仲が急速に密に進展しつつある事実を目の当たりにして大いに焦っていたが、この場面において密かにもっと深刻に焦っていたのは、多分、杏星学園高等学校における「恭ちゃん」の一番の理解者であり親友であると自負している坂本春彦(ルイス・ジェシー改めジェシー)ではなかったろうか。なにしろ焦る「恭ちゃん」の顔を見詰める坂本春彦の顔は、極めて深刻な事態に心から困惑しているかのような、真剣な顔になっていた。直後、彼が「恭ちゃん」をからかって笑ったのは、本心を悟られないための道化だろう。
本心の表出は、番組開始から二十分間程を経た辺に見るを得る。
学校内の菜園で働く千葉あやめを訪ねた河村恭之助が、澤山一弥に関して喧嘩したとき、坂本春彦は陰から一部始終を目撃していた。推測するに、彼は今までも常に両名の遣り取りを見てきたのではないだろうか。そして、千葉あやめに対して勝手に苛立って怒って去って行く河村恭之助の後姿を見て坂本春彦が、いかにも心配で堪らない様子の、悲しそうな顔をしていたのは、彼が「恭ちゃん」の幸福を願っていることを物語るように思われる。
だが、これは容易ではない。なぜなら、千葉あやめと結ばれることが「恭ちゃん」に望ましいのか、それとも、あんな厄介な変な女なんか早めに諦めてしまうことが望ましいのかは、坂本春彦にとっては何れが納得し易いのかという選択も絡めて、必ずしも明確ではないからだ。
明かせない苦悩の爆発が、番組開始から二十三分程を経た辺に来たのは云うまでもない。
苛立ちを隠し切れない河村恭之助が鬱屈を晴らすべく、坂本春彦とともに女子三人を連れてカラオケ店の個室で歌い踊り騒いだとき、一人、坂本春彦だけは歌い踊る気にもなれず、苛立った顔で「恭ちゃん」を見詰めていた。そして、あんな女のことなんか諦めた方が良い!と助言したが、余計な一言までも加えてしまった所為で、友の怒りを爆発させ、大喧嘩を惹き起こしてしまった。だが、真に爆発していたのは、河村恭之助の怒りである以上に、坂本春彦の密かな苦悩と心配ではなかったか。
この事件は、河村恭之助と、父の河村世左衛門(岸谷五朗)との和解という思わぬ幸福の結果を生んだ。番組開始から二十七分間程を経た辺のことだった。
その直後、「恭ちゃん」の横に歩み寄った坂本春彦の声と様子は、大切な友との仲を壊してしまったのかもしれない恐れに怯えながらも、何とかして本来の仲を取り戻したいという思いをよく表していたろう。そんな彼に「恭ちゃん」は普段と全く変わらない笑顔を向けて、坂本春彦も笑顔を取り戻した。
河村恭之助は「行くぞ!」と声をかけていたから、多分、坂本春彦はあのあと河村家に招かれ、河村家の豪快な家政婦のミタである三田シズ(江波杏子)から歓迎を受けたのではないだろうか。
それにしても、澤山一弥は非道い男だが、師の「轟屋」澤山咲五郎(榎木孝明)の令嬢の澤山優奈(吉倉あおい)の、好きな男を振り向かせることへの情欲の強さと重さを見れば、何だか気の毒な男であるかのように見えなくもない。しかるに、この恐ろしい女でさえも、澤山一弥を追い落として澤山優奈を奪うためには手段を選ばない澤山梢平(松村北斗)の卑劣と冷酷と淫乱の前では、憐れな犠牲者に見えてくる。