仮面ライダー鎧武第二十九話

平成「仮面ライダー」第十五作「仮面ライダー鎧武」。
第二十九話「オーバーロードの王」。
前回の話の後半で、ユグドラシル幹部の斬月・真=呉島貴虎(久保田悠来)は、私利私欲のためにユグドラシルに寄生する「プロフェッサー凌馬」こと戦極凌馬(青木玄徳)、湊耀子(佃井皆美)、シド(浪岡一喜)の三人組によってヘルヘイムの森の谷底へ突き落された。こともあろうに呉島貴虎の実弟の呉島光実(高杉真宙)は眼前のこの犯行を黙認した。
今回の話はその後の展開を明らかにしたが、実に意外な展開だった。なぜなら谷底で辛うじて生きていた呉島貴虎は、オーバーロードによって救助されたからだ。救助してくれたのは白い身体を持つオーバーロードの王。名をロシュオ(声:中田譲治)と云う。ロシュオが呉島貴虎を救助した目的は、ヘルヘイムの森の侵食に抵抗しようとしている様子の連中の「長」と見受ける呉島貴虎に、抵抗の方針とその根底の思想を糺すことにあった。糺して、果たしてロシュオの過ちを超える道を探ろうとしているのか、それとも繰り返そうとしているのかを試してみたかったのだ。
糺すためにロシュオが呉島貴虎に語り聞かせた真相も意外なものだった。
なぜならヘルヘイムの森にあった巨大な都市の遺跡は、ヘルヘイムの森に侵食されて滅亡した結果ではなく、侵食の危機を克服した勝者によって破壊された結果だったからだ。
あの世界における人類と云うべきフェムシンムの指導者だったロシュオは、ヘルヘイムの森に挑んで森に打ち勝ち、森に選ばれて王となったが、森に打ち勝つための戦略としてフェムシンム中の弱者を削減し、強者のみに生き残る権利を認めた結果、次には強者の間に弱肉強食の争闘が続き、ついには僅かな人数のみを残して殆ど死滅するに至るのを止めることもできなかった。生き延びたフェムシンムの強者たちは力のみを求めて弱者を削減するしか能がなく、ゆえにかつて栄えた文明を破壊し尽くした末に、それを再建することもできないでいたのだ。現在、ヘルヘイムの森で暴れているオーバーロード数人は何れもロシュオの臣下だが、ロシュオに云わせれば、最も強く、最も愚かな者に過ぎない。
ロシュオの話を呉島貴虎が重く受け止めたのは、ユグドラシルにおいて彼が戦極凌馬の提案に従って推進してきたアーク計画が、ロシュオの過ちをそのまま繰り返そうとするものでしかなかったからだ。弱者を踏みにじれば、弱肉強食の論理の必然によって強者も互いに滅ぼし合うほかない。人類の救済という目的を掲げて、罪のない人類の削減を正当化してしまえば、人類の救済という目的を見失うしかない。
ロシュオは呉島貴虎の様子を見て、呉島貴虎とその配下の者たち(正確には少し前まで配下だった者たち)には「知恵の実」を獲得する資格がないと判定した。知恵の実というのはDJサガラ(山口智充)が「禁断の果実」と呼んでいたものに相違ない。ヘルヘイムの森によって一つの文明が蝕まれたとき、この森には「知恵の実」が唯一つだけ生る。それは「滅びの定めを超えて、次なる進化の道へ至る鍵」であり、森に挑んで森に選ばれた唯一の勇者に与えられる褒美であり、無論、ロシュオこそはその栄誉に輝いた王だった。
ロシュオは白い身体を持ち、呉島貴虎は世に「白いアーマードライダー」と呼ばれる。両名には似たところがある。呉島貴虎に対するロシュオの興味と失望は、ロシュオ自身の失敗に対する失望の反映でもある。
ロシュオの話を聴いた呉島貴虎は、戦極凌馬と湊耀子とシドの三人を思い浮かべていたが、誠に皮肉にも、三人の間には早くも仲間割れが発生していた。呉島貴虎の抹殺に成功した(と思い込んだ)シドは己こそが唯一の勝者になりたいと願望し、他の二人を裏切ったのだ。ユグドラシルの中枢に安置された高司神社の御神木に作られていたクラックを破壊し、ユグドラシル内部にあったロックビークルを全て破壊して、ヘルヘイムの森へ行く手段を独占したわけだが、これに対抗するため、戦極凌馬と湊耀子は、今なおロックビークルを所有している葛葉紘汰(佐野岳)、駆紋戒斗(小林豊)、呉島光実に協力を求めた。
敵に協力を求めてくるとは都合の良い話で、協力した挙句の果てにあっさり裏切られるだろうことが容易に予想されるが、同時に、駆紋戒斗に云わせれば、協力することを引き受けた三人の間にも裏切り者が出てくる危険性がある。実際、戦極凌馬の要請に応じて葛葉紘汰と駆紋戒斗とともにヘルヘイムの森でシドを探索することにした呉島光実は、早速、シドと通じて、シドに取引を持ちかけ、協力して葛葉紘汰と駆紋戒斗をそれぞれ始末しようとした。
この陰謀のために呉島光実は色々芝居を打ったが、実に姑息な、愚かしい言動の連続だった。葛葉紘汰を誘き寄せるため、「白いアーマードライダー」に襲われている!と連絡したあと、自ら斬月・真に変身して一人で暴れる姿は滑稽だった。駆け付けた鎧武=葛葉紘汰を斬月・真の姿で圧倒しようとしたものの、反撃され、倒されそうになった彼の弱さも滑稽だった。どうやらアーマードライダーの力は変身する人間の力量に応じて変動するらしい。呉島貴虎の斬月・真は強かったが、呉島光実の斬月・真は意外な程に弱い。呉島光実は「タカトラ」こと斬月・真の姿を見せれば葛葉紘汰は手も足も出せないだろうと期待していたようだが、この底抜けに人の好い人物は既に初瀬亮二(白又敦)の死と角居裕也(崎本大海)の死を乗り越えてきたのだ。呉島光実のような挫折を知らない軟な人間ではない。鎧武=葛葉紘汰から強烈な反撃を受けて倒されそうになったとき呉島光実は胸中で「こいつ、まさか本気で僕を?」と怯えていたが、そもそも葛葉紘汰を本気で殺そうとしていたのは呉島光実の方ではないか。それに葛葉紘汰は眼前の斬月・真の中身が呉島光実であることを知らない。策士を気取る呉島光実は、この瞬間、冷静な判断力を完全に失っていたようだ。さらにこの直後には赤いオーバーロードが乱入してきて鎧武との戦闘が中断したのだが、このとき呉島光実は「なぜ僕の計画には肝心なところで邪魔ばかりが!」と嘆いていた。しかるに今回この邪魔者の出現で救われたのは彼の方ではないか。邪魔が入らなくとも彼の計画は既に失敗していた。失敗の原因は、葛葉紘汰の身体も精神も日毎に強くなっていることを知らないまま、斬月・真の姿を見せ付けるだけで勝てると期待していた彼の計画の甘さに尽きる。
ところで、呉島光実はシドとの密談の際に、葛葉紘汰について「あの人は超えてはいけない一線を越えた」と述べていた。何のことだろうか。呉島貴虎と親しくなって、オーバーロードに関する情報を与えたことだろうか。むしろ角居裕也の末路について高司舞(志田友美)に真相を打ち明けたことだろうか。というよりはむしろ、高司舞と極めて親密になっていることだろうか。
実際、呉島光実は葛葉紘汰の行き付けのフルーツパフェの店「ドルーパーズ」においてとんでもない光景を目にした。前回の第二十八話で「ドルーパーズ」店長の阪東清治郎(弓削智久)は葛葉紘汰を店員として雇用したが、担当業務の一つとして街を守るための活動をも含めていた以上、この新たな店員が店には殆ど姿を見せないだろうことを固より覚悟していたと判る。そこで立ち上がったのが高司舞。街を守るために戦ってくれる葛葉紘汰を助けるため、そして葛葉紘汰を支援してくれている阪東清治郎を助けるために、葛葉紘汰不在時に代わりに店で働いていたのだ。高司舞はあくまでも葛葉紘汰の代わりに働いているので、自身の給与を求めていないらしい。阪東清治郎も葛葉紘汰も高司舞の厚意に甘える格好になったわけだが、この厚意には葛葉紘汰への特別な好意が含まれているのは明白だろう。まるで妻ではないか。こうした出来事の一つ一つが呉島光実を狂わせているのも確かだろう。
他方、駆紋戒斗の、葛葉紘汰に対する助言と呉島光実に対する軽蔑も一段と明確になってきている。彼は葛葉紘汰に対する呉島光実の裏切りについて葛葉紘汰には明かさないことを呉島光実には約束していて、確かに今のところは約束を守ってはいるが、反面、何とかして葛葉紘汰に気付いてもらいたいらしく、今までも、真の敵は最も身近なところにいるのかもしれないと思うことを葛葉紘汰に語っていたし、今回に至っては、三人の内の誰かが裏切るかもしれないと思うとまで述べて、呉島光実こそが裏切り者であることを明かしているに等しい状態になっていた。