ブラックプレジデント第九話

関西テレビブラック・プレジデント」第九話。
この物語の制作者が真に描きたかったのは今回のこの話の後半に来た鮮やかな逆転劇ではなかったか?と思わずにはいられない程に、その逆転劇には迫力があって痛快でさえあった。
実のところ、この逆転劇を導く伏線は巧妙に敷かれていた。
この物語の主人公であるブラック企業のブラック経営者…と云われている「トレスフィールズインターナショナル」の筆頭株主であり社長でもある三田村幸雄(沢村一樹)が、他所の企業の経営状態について、公開されている情報だけを用いてその真の意味を鋭く抉出してみせる有能な分析家であることは、既に一度、四月二十二日放送の第三話においても描かれていた。公開情報の中に淡々と記載された無味乾燥な数値の並びの中に異常を見出して、そこに隠された真相を見破るのだ。彼の分析力は、今回の話の基礎をなしていた。
また、今回の話の前半で、城東大学経営学部でブラック企業を研究しようとしているブラック研究室のブラック講師、秋山杏子(黒木メイサ)が、三田村幸雄の悪事を暴露するブラック研究の書籍に関して出版社の編集者と打ち合わせをしたとき、とんでもない悪者であると見えていた三田村幸雄が実は必ずしも悪者ではないと見えてきて弱っていると明かした秋山杏子に対して編集者は、悪者でなければ悪者にしてしまえば良いのだ!と反発した。現実なんか作ってしまえば良いのだ!とまで云ったのだが、これが今回の話の後半に来た逆転劇を予告するものだったのは明白だろう。
なぜなら今回の話において三田村幸雄の前に現れた敵の田島洋一(大東駿介)は、学生のための就職活動支援サイト「ジョブトライアル・ジャパン」の運営者だが、このサイト運営者こそは「正真正銘のブラック野郎」であり、その手法は現実を捏造することにあったのだからだ。
就職活動に励んでいる学生から企業に関する悪評を募集して公開し、学生のために情報提供すると同時に、実は裏面では悪評の削除について企業側と密かに取引をして多額の金をむしり取っていた。田島洋一のベンチャー企業の収益の大半を占める「経営コンサルティング」とはそれだったわけだが、それは一般には恐喝とでも形容される行為ではないだろうか。
しかも彼のサイトにおいて公開される悪評は、実は彼が仕組んだものでさえあるとも推察される。就職の内定を獲得した学生が唐突に辞退して企業側の人事担当者を怒らせた事件が、それを示唆していよう。
しかるに彼の悪事はそこにとどまらなかった。ブラック企業であると判明した企業は一般には世間からの信頼を失って不買運動までも起こされてやがては市場から退散させられるが、ブラック経営者は反省を知らない連中であるから会社名を変更して別の会社を装ってでも市場への復活を図ることだろう。田島洋一はそのような経営者をも「経営コンサルティング」の一環として支援していた。企業の裏事情を知らない就職活動中の学生に対し、変名したブラック企業をあたかも信頼に値する「ホワイト企業」であるかのように情報提供して、そうしてブラック企業へ人材を送り込んでいたのだ。儲かっている富裕な企業を恐喝して食い物にするだけではなく、正真正銘のブラック企業と結託して、就職活動に苦しんでいる若く貧しい学生をも食い物にしていたのだ。
三田村幸雄が許し難く思ったのはそこだった。学生を支援するために企業に敵対する者が企業を食い物にするのは自然なことであるのかもしれないが、実際には学生をこそ食い物にしていたのだ。田島洋一が三田村幸雄を食い物にしようとしたのは、三田村幸雄にとっては辛うじて許容できていたが、裏でブラック企業と結託して学生を食い物にしていたのは何としても許し難いと思われたのだ。
そもそも、学生を相手に田島洋一が説く就職活動マニュアルの類も、三田村幸雄には許し難かった。
その種のマニュアルは昔から説かれてきたものだが、それを説く者は常に如何はしい連中だったと思われる。
少なくとも田島洋一に関する限り、その如何はしさには根拠があった。なにしろ彼は企業側とも裏で結託していたのだからだ。企業側と結託した者が説く就職活動マニュアルは確かにその企業への就職には有効であるに相違ないが、他の企業には必ずしも有効ではないだろう。しかもそれは就職した者に良い将来を全く約束しない。しかるに良い将来を約束しない就職は良い就職ではあり得ない。
田島洋一の説く就職活動マニュアルに対する三田村幸雄の反発は、今回の話の前半、面接において型通りの服装で型通りの動作と型通りの発言を見せる学生に疑問を抱いた場面のあとに、さり気なく描かれたが、これもまた巧妙な伏線だったと評価せざるを得ない。
興味深かったのは、話の流れの中で真のブラック企業の存在が三田村幸雄の口から語られた。その名を「ザW・H・ホールディングス」と云う。かつて従業員を過労死に追い込んだことで衰退に追い込まれたブラック企業の典型だが、今はその経営者は「スタッフヒット」という新たな会社を作り、田島洋一と結託して「ホワイト企業」を偽装していたのだ。
田島洋一の会社「ジョブトライアル」が大勢の学生を集めて開催した「模擬面接」の広大な会場の、観衆に囲まれた中央の舞台で、三田村幸雄は自ら進んで面接に臨み、「ジョブトライアル」を志望する学生を演じながら田島洋一の悪事を全て暴露した。田島洋一を信頼し切っていたはずの学生が、三田村幸雄の鋭い追及を目の当たりにして真相を知り、動揺し、驚き、信頼から失望へ転じて、怒り、憤り、田島洋一に罵声を浴びせ、ついには皆で一斉に会場を退席し始めた展開には、あたかも古代ギリシアの円形劇場におけるデーモスのカタルシスとでも形容したくなるようなドラマティクな力に満ちていた。
この力に満ちた場面に先立って、城東大学の映画サークル「アルゴノーツ」の部長の工藤亮介(永瀬匡)が三田村幸雄を居酒屋へ呼び出して、二人きりで、就職について相談する場面があった。いつも陽気で能天気であるように見えていた工藤亮介の、内面の苦悩が吐露されて味わい深かったし、これに対する三田村幸雄の反応にも愛情があった。沢村一樹が芸能事務所「研音」における永瀬匡の大先輩であることを知っていると、この場面はさらに味わい深く見えてしまう。番組の公式サイトにあるインタヴュウの第九回目は永瀬匡と高田翔と高月彩良の鼎談になっていて、そこで永瀬匡が沢村一樹から「匡は俺と同じ道を通るんだ。泥沼を這い上がれ!」と云われた由を述べていることも踏まえておきたい。
映画サークル「アルゴノーツ」の副部長である監督である前川健太(高田翔)は、「アルゴノーツ」の女優である岡島百合(門脇麦)と一緒に定食屋で大盛の定食を食べながら将来の見えなさについて語り合っていた。岡島百合は今や完全に三田村幸雄の恋人気取りで、もはや前川健太なんか相手にしていないとも見受ける反面、前回までの仲違いが嘘だったかのように今回は仲直りをしたようで、もともと恋に貪欲ではなかった前川健太にとっては岡島百合と普通にデートできている状態ではないのだろうか。
そして面白いことに、前川健太は今回の話の後半の、田島洋一の「模擬面接」会場には不在だった。就職にも企業にも興味を持たない彼の性格は、ここにさり気なく表されていたと云うべきだろう。