弱くても勝てます第九話

土曜ドラマ「弱くても勝てます」第九話。
全国高等学校野球選手権大会(「夏の甲子園」)開幕。神奈川県予選における小田原城徳高等学校野球部の第一回戦の相手は、色々縁のある新興の強豪校、武宮高等学校野球部。第二回戦の相手が宿敵の堂東学院高等学校野球部になる予定である以上、第一回戦で小田原城徳高等学校野球部が予想外の勝利を収めるだろうことは視聴者の誰もが予想していたには相違ない。奇跡の勝利を自然に見せ得るだけの論理があったとは云えないが、不自然には見せないだけの盛り上がりはあったろうか。
勝利を決める最高の見せ場を担ったのは、無論、赤岩公康(福士蒼汰)だった。これに先立って彼の一番の友であり恋敵でもある白尾剛(中島裕翔)には唯一のホームランを決める栄誉が与えられたが、赤岩公康の打った球が惜しくもホームランにはならなかったのは、他の走者を余裕で生還させて次々に得点させた上で、果たして彼自身が生還し得るかどうかをギリギリのところで危うくする効果を発揮した。危機感を煽ってこそ、苦難を乗り越えた勝利は最高度に輝き得る。ホームランを決めた白尾剛よりも決められなかった赤岩公康の方が、ドラマティクであることによって真のスターであり得たのだ。
野球は一見「チームプレイ」の競技であるように見えながらも実は投手と打者との一騎打ちを基本とする「個人プレイ」の競技でもあり、そのゆえに米国人好みの、スターを生み出しやすいスポーツであると見られる。赤岩公康のスター性はそうした野球の本質をよく表しているが、このドラマの面白いところは、既に学校を中途退学してしまった亀沢俊一(本郷奏多)にまでも、観客席からの助言混じりの声援の絶叫を通して試合の流れに関与させることで、選手をも凌ぐスター性を授けた点にあるのかもしれない。
亀沢俊一からの助言を得たことで格好良い見せ場を得たのは岡留圭(間宮祥太朗)だったが、岡留圭の活躍の場に欠かせないのは、無論、江波戸光輝(山崎賢人)に他ならない。
陸上選手としては短距離走に秀でていた岡留圭は、己の能力によって得点に貢献すべく、一秒でも早く一塁に到達することを目指して、急遽、右側ではなく左側のバッターボックスに立つことにしていたが、慣れていないことを始めても直ぐに成功するはずもなく、三振を連発していた。悔しそうな岡留圭を、誰よりも心配そうな顔で見つめていたのは江波戸光輝だった。そして観客席の亀沢俊一から、左だろうと右だろうと岡留圭の俊足にとっては大した距離の差ではない!と助言の絶叫を受けて、無事に一塁へ出ることに成功した岡留圭は、次にバッターボックスに立った江波戸光輝を見つめた。江波戸光輝に繋ぎ得たことに安堵しつつ、江波戸光輝が次の得点に繋げてくれることを祈念していたに相違ない。岡留圭の熱い視線に応えるように頷いた江波戸光輝が、バットを構えながら「取り敢えず。差し当たり。」と呟いたのは、期待に応えるためには期待に応えようとして普段と違うことをしてはならないという小田原城徳高等学校野球部ならではの心構えをよく表していて面白い。
この両名の見せ場としては他にも、試合の開始のとき、選手全員で円陣を組んだものの誰も何も声を発しようともせず、岡留圭が「何か言えよ!キャプテン」と呼びかけて漸く江波戸光輝が「ああ、そうか」と反応し、漸く「みんな、今までやってきた実験の成果を証明しよう。思いっ切り振って、絶対勝つぞ!」と声をかけた場面もあった。円陣を組んでいるにもかかわらず余りにも優しく長閑な口調で声を発したのも、ここでの見所。
もう一つ。小田原城徳高等学校野球部員の溜まり場である広大な喫茶店「サザンウィンド」で、いつものように練習後の彼等が集まって夕食を摂っていたとき、彼等から「小田原の母」として慕われている店主の樽見楓(薬師丸ひろ子)が選りにも選って武宮高等学校野球部の特別コーチに就任したことについて、誰もが内心は納得できないまま黙って受け容れようとしていた中で江波戸光輝だけは「だけど、やっぱり寂しいな」と本音を漏らしたのは、彼の「体育会系」ではない性格を表していて、良い場面だった。