仮面ライダー鎧武第三十三話

平成「仮面ライダー」第十五作「仮面ライダー鎧武」。
第三十三話「ビートライダーズ大集結!」。
ビートライダーズ大集結!と云われているのは、多分、沢芽市内の旧ビートライダーズ「チーム鎧武」の集会所に、「チーム鎧武」の鎧武=葛葉紘汰(佐野岳)と高司舞(志田友美)、「バロン」のナックル=ザック(松田岳)とペコ(百瀬朔)のみならず、かつて「バロン」の主宰だったバロン=駆紋戒斗(小林豊)、かつて「インヴィット」の主宰だったグリドン=城乃内秀保(松田凌)、かつてビートライダーズを目の敵にしていたブラーボ=凰蓮・ピエール・アルフォンゾ(吉田メタル)、さらにはユグドラシルから捨てられたマリカ=湊耀子(佃井皆美)までもが集まって、街で起きている異常事態への対応策を考え始めていることを表しているのだろう。だが、このことは今回の話の主旨ではない。話の中心をなしているわけでもないことを敢えて話の題名にしているのは、今回の話が何とも名付け難い内容から成るからではないだろうか。
なぜなら今回、話が大きく動いたわけではなく、話を左右する条件が大きく動いたからだ。第一に、ユグドラシルのアーク計画は終焉した。第二に、葛葉紘汰は強大な力を獲得したにもかかわらず孤立化し始め、反対に、駆紋戒斗が人望を集め始めた。そして第三に、葛葉紘汰の身体に異変が生じ始めた。
ユグドラシルのアーク計画の終焉は一気に来た。
終焉へ追い込んだのは意外にも「プロフェッサー凌馬」こと戦極凌馬(青木玄徳)だった。前回の第三十二話でユグドラシル・タワーを脱出した彼は、今回、グローバル企業であるユグドラシルの国際会議の場へ乱入した。そこではユグドラシル日本支部の崩壊とアーク計画の破綻への対処が論議されていたが、戦極凌馬はアーク計画に代わる新たな打開策として「禁断の果実」の獲得の必要性を説いた。もちろん彼は人類の救済のためにその力を使用するはずもなく、あくまでも己の欲望の達成のためにユグドラシルを利用したかっただけだろう。ところが、ユグドラシルの国際会議ではアーク計画を続けることしか想定していなかった。己の「研究」にとってユグドラシルは今や邪魔でしかないと判断した戦極凌馬は、直ちに、アーク計画の全貌について世界中の報道機関等に一斉に暴露した。
暴露の影響は迅速、絶大だった。全人類の七分の六の人口を十年間かけて密かに削減しようとしていたアーク計画は全人類に対する大規模テロリズムであると認識され、グローバル総合医療企業ユグドラシルの幹部は世界中で犯罪者として追われる身と化した。あろうことか、ユグドラシルのこの犯罪には日本国政府も関与していたと発覚し、内閣は総辞職に追い込まれたが、深刻なことに、内閣総理大臣と閣僚のみならず与野党国会議員や各省庁の官僚、ことに警察組織までもアーク計画に協力していた事実が漏洩され、ユグドラシルの崩壊は日本国政府を巻き添えにして進行していた。無論この影響は世界に及び、ニューヨークやロンドンの株式市場は大混乱に陥り、世界経済は破綻しつつあると予測され始めた。
一民間企業が大規模テロリズムを企て、一国の政府がそれに加担する・・・というのは決して荒唐無稽な話ではない。金儲けのために度々世界経済を混乱に陥れてきたグローバル投資銀行の指示に従って構造改革に突き進んでいる内閣総理大臣というのが実在するし、金儲けのために国内の労働市場を脆弱化させ続けてきた人材派遣会社の指示に従って構造改革を強行する内閣総理大臣というのも実在する。劇中のユグドラシルに、単なるフィクションとしては片付けられない生々しさを感じる所以がそこにある。
恐ろしいことに、加害者の逮捕は被害者の救出に結びついていない。最大の被害者であるはずの沢芽市民は沢芽市内に隔離されている。今回、「チーム鎧武」の集会所における駆紋戒斗等の会話によって始めて明らかにされたところによると、沢芽市は実は相互に密接する五つの島から構成され、本州(と思われる地域)のどこかの湾内に位置して、本州との間を三つの橋で結ばれている。三つの橋を封鎖すれば、本州からは容易に隔離できる。実のところ、ユグドラシル日本支部日本国政府との間には、アーク計画に基づき、ヘルヘイムの森からの浸食が進んで深刻な事態に陥った場合には三つの橋を封鎖して、本州側では政府が自衛隊を出動させて被害の拡大の予防に尽力するとともに、沢芽市側ではユグドラシルが被害の最小化に尽力するという密約があったらしい。そしてアーク計画が既に破綻した現在も、自衛隊は沢芽市民の救助には乗り出していない。酷い話ではあるが、この判断は正しい。なぜなら沢芽市民の救助のために三つの橋を開いたとき、ヘルヘイムの森が本州に及んでくる恐れがあるからだ。しかも、そもそも沢芽市内の惨事は、事情を知る政府関係者等を除けば、沢芽市の外には知られていない。なぜならアーク計画に基づいて既に沢芽市内の電波をはじめ通信の手段は全て切断されているからだ。沢芽市内では今、電話も携帯電話も使えないし、テレヴィもレイディオもインターネットも使えない。辛うじて本州のテレヴィ等の電波を傍受することができる程度。それを見れば、グローバル企業ユグドラシルの大規模テロリズムの発覚によって日本をはじめ世界が大混乱に陥っていることは沢芽市内でも知ることができるが、沢芽市内で何が起きているのかを知ることはできない。
そうした中で沢芽市民は避難を始めた。だが、どこへ避難するのか。葛葉紘汰の唯一人の肉親である姉の葛葉晶(泉里香)は、災害発生時の避難場所として指定されている公共施設に避難したが、それを見かけた親切な親子は、そんな場所に避難しても誰も救助に来てはくれないとの噂があること、どうせ逃げるなら沢芽市から脱出するしかないことを教えてくれた。実際、その親子は沢芽市から脱出を図る途上にあったようだが、三つの橋が封鎖されている中で、果たして脱出できるのだろうか。
そこで、「チーム鎧武」の集会所に集結したビートライダーズは、事態を把握できていない人々に避難を促し、避難できていない人々を避難させるべく行動することにした。どこでインベスが襲ってくるか分からない中でアーマードライダーの力が大いに役立つのは確かだろう。高司舞とペコはアーマードライダーに変身できないが、困っている人々を探索する行動力はあるし、何よりも今は、政府とユグドラシルの不在を埋めるべく、一致団結し、連携して行動できる集団の存在が必要であるに相違ない。
ここにおいて葛葉紘汰が孤立化し始めた。
なぜか。それは彼の性格に起因するとも見られる。彼は人を助けること、人を守ることには熱心で、そのために力を獲得することには躊躇しないが、反面、力そのものを熱望するわけではなく、力を行使することを愛するわけでもない。世界を守るために彼が見付けようとしている力(そして知らぬ間に半ば既に獲得させられてしまった力)は世界を支配する力に他ならないにもかかわらず、彼は世界を支配したいわけではない。世界どころか、身近なビートライダーズの仲間たちをも、支配する気は一切ない。
この点で駆紋戒斗とは好対照をなしている。駆紋戒斗はユグドラシルの力に屈従させられた幼少時の惨めな記憶を抱えて生きていて、ゆえに理不尽な力に屈従させられないためにはその力を上回る力を獲得しなければならないと考えている。支配されないためには支配するしかないという考えだろう。彼が時々一匹狼になるのは、一人で行動したいからではなく、己に率先して従ってくれる者しか従えたくはないからであると見ることができる。自由意志に基づいて率先して従おうとはしない者を己に従わせるためには、説得や妥協を含めて多少の無理をしなければならないが、その時点で実は支配と被支配の関係の逆転が生み出されてしまう。駆紋戒斗はそれを望まないから一匹狼であろうとする。今回もそうだったが、今回は高司舞や湊耀子を中心に皆が率先して彼に従った。葛葉紘汰もその一人だった。
今や新たなビートライダーズをまとめるのは駆紋戒斗に他ならないが、保有する力において真の覇者であるのは間違いなく葛葉紘汰であり、そうである限り、葛葉紘汰の存在は団結を乱す原因であり得る。
高司舞は葛葉紘汰を愛していたはずだが、両名の関係は今や夫婦のようなものに化しているのではないだろうか。かねて駆紋戒斗に何か特別に共感するところのあった高司舞は、今や、皆を力強く指導してくれる駆紋戒斗の言葉の一つ一つに心ときめかせているように見受ける。不愛想な駆紋戒斗の愛情の込められた発言に、深遠な思想を感受している。それに引き換え、葛葉紘汰は何と飾りなく気さくだろうか。確かに、そこに心ときめかせる深遠な思想を感受するのは難しかろう。湊耀子から提供された通信機器を用いて駆紋戒斗と二人だけの会話を楽しんだ直後、「チーム鎧武」の集会所に戻ってきた葛葉紘汰の姿を見て高司舞が慌てていたのは実に事態の深刻度を物語る。まるで浮気を誤魔化そうとしているかのようだった。
駆紋戒斗への期待と愛のゆえに葛葉紘汰を貶めることにおいてもっと明確であるのは湊耀子。もともと葛葉紘汰に期待せず、駆紋戒斗に期待し続けてきたわけだが、生憎、今は駆紋戒斗よりも葛葉紘汰の方が力において極度に優位に立っている。しかるに、皆を余裕で支配し得る葛葉紘汰には支配することへの意志がない。世界を守るために世界を支配し得る力を得たとしても、世界を支配する意志がないのであれば意味がないのではないのか?と湊耀子は葛葉紘汰に問いかけたが、この問いの本質は、世界を支配する意志のない者が世界を支配し得る力を獲得できるとでも思っているのか?という問いに他ならないだろう。だからこそ湊耀子は、葛葉紘汰が駆紋戒斗に勝てるはずがない!と葛葉紘汰自身に宣告したのだろう。
もっとも、それだけではない気配もある。湊耀子は高司舞と同じく、駆紋戒斗に心ときめき、葛葉紘汰には心ときめかないのかもしれない。否、そんなことよりもむしろ、湊耀子がユグドラシルを裏切った人物である点について葛葉紘汰が正当な警戒感を抱いていることが、湊耀子にとって不都合であり不愉快であるという面もあるに相違ない。最近まで湊耀子はユグドラシルの一員として葛葉紘汰や駆紋戒斗の行動を妨害し続けてきた。そんな人物を俄かに信頼する方がどうかしている。しかも、湊耀子は戦極凌馬等と結託してヘルヘイムの森で呉島貴虎(久保田悠来)を殺害した(正確には殺害しようとした)犯人の一員ではないか。葛葉紘汰はそのことを未だ知らないし、呉島貴虎が幸いにも生きていることは葛葉紘汰だけではなく湊耀子も知らないが、真相が明らかになったとき、葛葉紘汰は湊耀子を許すことができるのかどうか。実のところ湊耀子はもともと何か独自の考えがあって呉島貴虎や戦極凌馬に従っていたわけであり、その考えが何であるのか未だ明かされてはいない現在、視聴者から見ても湊耀子は戦極凌馬以上に正体不明の人物であり、信頼できる要素はどこにもない。湊耀子にも自覚はあるはずだ。葛葉紘汰から警戒感を表明されたとき、過剰に反発せざるを得なかったのも当然ではないだろうか。こういうのを「図星」と云う。
そして葛葉紘汰の身体に異変が生じ始めた。
葛葉紘汰の孤立化を生じた原因の一つとして、彼が「極アームズ」という新たな力を獲得して孤高の勇者となったことがあると思われることを既に述べたが、この力はもともとDJサガラの要請に応じてヘルヘイムの森のオーバーロードの王、ロシュオ(声:中田譲治)が「知恵の実」「黄金の果実」から作り出した新たなロックシードによって得られた力であるから、皆が求めている「禁断の果実」の力の一部は既に葛葉紘汰の所有に帰属していると見ることができる。世界を支配し得る力の一部を既に所有しているわけだが、それは換言すれば、オーバーロードの王者の力の一部を既に彼が所有しているということである以上、彼が一部オーバーロード化しつつあるとしても不自然ではない。実際、その兆候があった。
駆紋戒斗との秘密の会話の直後、浮気を誤魔化そうとしているかのように慌てて葛葉紘汰に親しく接し始めた高司舞は、葛葉紘汰を誘って阪東清治郎(弓削智久)経営のフルーツパフェの店「ドルーパーズ」に出かけたが、そこで供された料理の味を、葛葉紘汰は薄いと感じた。そもそも彼は戦極ドライバーを着用しているので栄養摂取の必要性からも食欲からも解放されているが、どうやら味覚からも解放されようとしているらしい。これは人類ではなくなりつつあることの兆候であるように思われる。
他方、陰謀家の龍玄=呉島光実(高杉真宙)は当面はレデュエ(声:津田健次郎)の世界征服に協力して生きてゆくことにしたようだが、計画の遂行にあたって先ずは解決しておくべき問題として、葛葉紘汰の抹殺を提案したところが凄まじい。しかるに呉島光実の計画が成功したことはない。今回も失敗した。失敗して落ち込み、悔しがりながらもなお彼は葛葉紘汰に対する勝利を確信している様子だった。根拠は、オーバーロードの一員であるレデュエによって参謀役、行政官に抜擢されたこと、ゆえに「禁断の果実」に近付いた可能性があることにあるのだろうが、実際には、彼にとっては誠に不運にも、「禁断の果実」の力の一部は既に葛葉紘汰の所有に帰属しているのだ。
今回の呉島光実の行動で最も面白かったのは、性懲りもなく「白いアーマードライダー」こと斬月・真に変身して呉島貴虎になり済まし、葛葉紘汰を精神面から攻撃しようとしたにもかかわらず、急に駆けつけてきたブラーボ=凰蓮・ピエール・アルフォンゾによって「偽者」であると見破られてしまった点だろう。凰蓮・ピエール・アルフォンゾに云わせれば「こいつにはエレガンスが欠けている。ワテクシの眼は誤魔化せないわ」。一流のパティシエであり美しい男を愛する「シャルモンのおっさん」の審美眼は本物だったと証明された。