弱くても勝てます第十話

土曜ドラマ「弱くても勝てます」第十話。
全国高等学校野球選手権大会(「夏の甲子園」)の神奈川県予選における小田原城徳高等学校野球部の第二回戦。相手は彼等にとっては宿敵の、しかし現実には全く相手にもしてもらえない程の強豪校、堂東学院高等学校野球部。たとえ強かったとしても勝てる見込みがない相手。
今回の話は、雨天決行された試合そのものに大幅に時間を割き、概ね野球に徹し、野球の中でドラマを繰り広げた。何時になく緊張感ある話の展開があった。小田原城徳高等学校野球部の敗北に終わったのは話に現実味を与えたが、大惨敗でもなければ惨敗でもなく惜敗だったところに、物語ならではの達成感があった。
弱くても勝てること、負けても勝ったに等しいことを最も良く表したのは、意外にも赤岩公康(福士蒼汰)だったようだ。小田原城徳高等学校野球部が打撃に特化する戦略を採った中で、投手である彼は敵にどれだけ打たれ続けても構わないという奇妙な役割を担っている。この試合でも彼はその役割に徹し、どれだけ無残に打たれ続けようとも顔色一つ変えることなく淡々と冷静に投げ続けた。ところが、それは堂東学院野球部監督の峠直介(川原和久)にとっては脅威でさえあった。なぜなら堂東学院高等学校野球部のエース、吉永藤一郎(宮里駿)は弱小校の連中、ことに下位打線の連中に次々打たれ始めたことで明らかに動揺し始めていたからだ。だから峠直介は吉永藤一郎に対して、選りにも選って赤岩公康を見習うように指示せざるを得なかった。
堂東学院高等学校野球部の側から唯一相手にしてもらえていた白尾剛(中島裕翔)は今回もホームランを打ったが、前回のが一得点にしかならなかったのとは違い、今回は一挙四得点をもたらして大勢の挽回につながった。もはや彼が小田原城徳高等学校野球部には勿体ないとまで評される単なる孤高の強者ではなく、小田原城徳高等学校野球部の一員に他ならないことを表していたろうか。
捕手でありキャプテンである江波戸光輝(山崎賢人)は、小田原城徳高等学校野球部ならではの、学業成績の良さを活かした作戦を咄嗟に創案して実行した。試合中、急に投手の赤岩公康と英語で言葉を掛け合い、励まし合ったのだ。小田原城徳高等学校野球部の皆がその遣り取りを理解したが、堂東学院高等学校野球部の皆が、目の前で何が話し合われているのかを理解できなくて動揺した。
頭の良さを最も活かしたのは岡留圭(間宮祥太朗)だった。彼が牛丸夏彦(柳俊太郎)とともに密かに練習し、江波戸光輝や樫山正巳(鈴木勝大)の協力も得て実行した大胆な作戦は、完全に堂東学院高等学校野球部を翻弄した。
予想外の大健闘を続けた小田原城徳高等学校野球部の敗戦を決定付けたのは、光安祐太(平岡拓真)の盗塁の失敗だった。吉永藤一郎は打者席に立った白尾剛との勝負よりも、光安祐太の盗塁の阻止を優先した。このことには重大な意味がある。もちろん監督の田茂青志(二宮和也)が述べたように、「最後に最後で吉永は、白尾以外を、俺達を敵と認めたんだ」という意味はあるが、多分それだけではない。
開業医の家の長男に生まれながら学業に背を向けて野球一筋に生きてきた吉永藤一郎は、自身とは違って学業に秀でている実弟の光安祐太を実は敬愛し、期待し、病院の継承権を譲りたいと考えていた。ゆえに弟が野球なんかに現を抜かしているのを残念に思い、何とかして辞めさせて学業に専念させようとしてきた。しかし同時に、彼は己の野球に誇りを持っていて、野球に人生を賭けようとしていて、ゆえに遊び半分で野球を楽しんでいる弟の態度を許せないでいた。小田原城徳高等学校野球部に対する彼の嫌悪と軽蔑は、野球に人生を賭けようともしていない連中なんか練習試合の相手にもしたくないという思いの表れだった。相手にする価値があるのは白尾剛だけであると認識していた。ところが、「最後の最後で」、彼は弟の光安祐太を討ち取った。野球選手として弟を認め、弟の野球を認めたということに他ならない。今後は、弟と一緒に野球を語り合うときもあるのではないだろうか。
今回の第十話を通して、芝居において最も輝いていたのは吉永藤一郎役の宮里駿だったのかもしれない。軽蔑していた弱小校の連中に翻弄されて焦りながらも「最後の最後で」敵と認めつつもプライドを見せつけた強豪校エースを演じ切っていた。