興居島と梅津寺

夕方、不図思い立ち、伊予鉄道の電車に乗って大手町駅で乗り換えて高浜駅へ。古来「伊予ノ小富士」と形容された興居島の様子を見るため。駅を降りて不図見れば丁度、島へ行く船の出発する直前。行こうか否か暫し悩んだ末、「よし!行こう!」と決意したときには既に船出したあとだった。また今度ゆくことにしようと誓い、そこから徒歩で梅津寺方面へ。その途上、夏目漱石の「坊ちゃん」に出てくることで名高い「ターナー島」も眺めた。梅津寺の駅の周辺は、改めて見ると実によく出来た観光地になっている。駅の西側には瀬戸内海が迫り、小さな海水浴場の砂浜があって、東側の出口を出たところには瀬戸内海の鮮魚の料理店と旅館があり、その脇には梅津寺パークという小さな遊園地。周辺には句碑や秋山兄弟銅像もあり、夏の一日をここだけで楽しく過ごすこともできるはずだ。
二三年前、愛媛県歴史文化博物館では「愛媛の観光」と云う展覧会が開かれた。観光に関するポスターや絵葉書、駅弁の包み紙をはじめ各種の膨大な資料を徹底的に集積したようなあの展示の物語るところから考えるに、飛行機や新幹線のような長距離を短期間で移動できる交通手段の未だ発達していなかった時代、少なくとも昭和の前半の頃までは、多くの人々にとって観光旅行の行き先というのは県内各市町村の至る所に見出されるものだったらしいのだ。実際、今でも、どんなに小さな(そして今や寂れた)町や村にも大概は観光名所らしきものは(少なくともその名残は)あるものだ。そうした中でも梅津寺の駅の周辺というのは抜きん出て完成度の高い観光地だったに相違ない。この近くには森白象(高野山真言宗管長、総本山金剛峰寺第四〇六世座主、僧名「寛紹」)の俳句「蒼天の島 山と海 裸の子」の句碑もあるらしい。夕暮れ時の海を見ながら、暫し往時を想像していた。