キムタク月九エンジン

フジテレビ系「月九」ドラマ「エンジン」。木村拓哉=キムタク主演。井上由美子脚本。第四話。
レーサーとして走る途を断たれて落ち込んだ神崎次郎(木村拓哉)は、家族の経営する養護施設「風の丘」の中の自室に半ば引き籠り、今後のことについて色々考えることにしたが、その室内の物置用家具の中には六歳の金村俊太(小室優太)が立て籠もってしまった。
その発端は、「風の丘」に出入りする神父、春山万里夫(カドタク角野卓造)の知人、歯科医師の竹原夫妻(瀬戸陽一朗・山下容莉枝)が、俊太が一家心中事件で一人だけ生き残った子であると聞いて深く哀しみ、是非とも俊太の里親になりたいと申し出たことにあった。そのことで俊太は「風の丘」を出てゆくことになったのだ。住み慣れた「風の丘」を出て仲間たちと別れること自体が俊太にとっては寂しかったようだが、何より気に入らなかったのは竹原夫妻が俊太を「かわいそう」な子と憐れんでいることだった。俊太の立て籠もりは、自分が決して「かわいそう」な子なんかではないということ、今でも充分「風の丘」で楽しく生きているのだということを主張するための、ささやかな抵抗だったのだ。
ともあれ、ここにおいて、引き籠る次郎の部屋の中の物置に立て籠もる俊太という籠りの二重構造が生まれた。そして次郎の養父、「風の丘」園長の神崎猛(原田芳雄)と次郎との喧嘩を垣間見ることで俊太が少し心を開き、物置から出てきた俊太の心を次郎が開かせたことで俊太が初めて自分の思いを伝えたが、しかも、そのことが延いては次郎の硬直したプライドをも和らげて改心させたのだ。立て籠もりの二重構造を作ったことで問題解決の二重構造をも作ったところに今宵の第四話の面白さがある。
だが、俊太の決意が次郎の決意を導くに際しては恐らく水越朋美(ハリウッド小雪)の話も幾らか翻訳の役割を果たしたはずだ。「風の丘」で楽しく生活しているのだから「僕、かわいそうじゃない!」と訴えた俊太と、レースについて今以上にもっと知りたいから、たとえレーサーになれなくてもレースの仕事をしたいと決断した次郎との間には、子どもを見るのが楽しいから子どものことをもっと知りたくて、たとえ職業上の苦労がどれだけあろうとも保育士として生きてゆきたいと思うという朋美の話が、少なくとも小さな媒介項としては作用していたろうと思うのだ。
この事件の副産物としては星野美冴(上野樹里)をはじめとする子どもたちの過半が今や次郎に夢中になり始めたということがある。「風の丘」の元気な姉貴分、神崎ちひろ(松下由樹)は次郎の「姉」であるからか、こうなることを見通していたのかもしれないが、今まで生真面目なだけだった朋美が今度の事件で決定的に次郎の不思議な力を認めるようになったのは大きい。そして認めざるを得ないからこそ認めたくなくて苛立っているのが、もう一人の保育士、鳥居元一郎(堺雅人)だが、鳥居と次郎との対比を善悪の対立のような格好で捉えてはならないのは云うまでもない。「風の丘」の母とも云える牛久保瑛子(高島礼子)が「鳥居先生は正しいと思いますよ」と云ったのは間違いなく正しいはずだ。とはいえ礼儀正しい冷静な鳥居と、柄が悪くとも威勢のよい次郎とでは何れが子どもの心を捉えるか?と考えるなら、普通に考えれば誰がどう考えても答えは次郎だろう。子どもというのは大抵、少し柄の悪い位の少し変な大人に心惹かれるものなのだ。しかも次郎自身が両親を亡くして神崎家に引き取られ、養子として育ったのだから、「風の丘」の子どもたちの境遇をよく理解できるはずだ。鳥居が知識に基づいて慎重に冷静に推し量らなければならないことを、次郎は自分自身のこととして理解できるのだ。
なお、俊太の里親になりたいと申し出た竹原医師を演じていた瀬戸陽一朗が「トリック」における照喜名保の役者であるのは云うまでもない。「トリック」公式サイト(http://www.tv-asahi.co.jp/trick/trick3/02cast/main08.html)によれば照喜名〔テルキナ〕は「世界でただ一人の奈緒子のファン」であり、「苗字、そして沖縄そば屋台を引いていたことから沖縄出身?かと思いきや、実は愛媛県中萩の出である」が、この四国新居浜市中萩とは実は「トリック1」第九話・第十話で黒津次郎を演じた鴻上尚史の出身地に他ならない。