義経

NHK大河ドラマ義経」。滝沢秀明主演。第二十九話。
従三位右近衛権中将平維盛賀集利樹)熊野において入水。だが、それは小松内府重盛室の平経子(森口瑤子)によって語られたに過ぎない。維盛中将の最期については前田青邨の傑作「維盛高野之巻」(東京国立博物館蔵)に絢爛豪華に描き出されたが、今宵このドラマでは辛うじて、船上で念仏を唱えて入水する場面のみが描かれた。もちろん既に出家していた。もう少し維盛に相応しく美しく描出できなかったものか。
従一位内大臣平宗盛鶴見辰吾)は維盛の失踪・出家・入水の理由について経子より詰問され、大いに動揺していた。当然だろう。主戦論内大臣宗盛と後白河院派=和平論の維盛中将との間の対立関係は深刻だったのだ。でも今回の物語では内大臣宗盛があたかも後白河院派であるかのように描かれているので焦点が不明瞭に化してしまった。このドラマにおいて維盛中将の戦線離脱は決して内大臣の政治に対する抵抗ではなく、もちろん内大臣の執拗なイジメを苦にしてのことでもなく、あくまでも自分の不甲斐なさを悲しみ、責任を感じてのことだったらしい。さて、従三位右近衛権中将平資盛小泉孝太郎)は最愛の兄の突然の逝去の報を受けて、兄の代わりに自分が一門のために闘い続ける所存であることを宣言したが、頼りにしてよいものかどうか。従二位尼平時子准后(松坂慶子)は本三位中将平重衡を失い三位中将平維盛をも失ったことで完全に自信を喪失したようだ。
都では後白河院平幹二朗)が寵臣の丹後局高階栄子(夏木マリ)や鉄漿の「鼓判官平知康草刈正雄)と謀り源九郎義経滝沢秀明)に対し検非違使左衛門少尉を命じた。この任官は鎌倉殿=源頼朝中井貴一)を怒らせたわけだが、もちろん史実ではないだろう。義経は鎌倉殿の御代官として京都の守護を仰せ付けられている以上、任務の核には仙洞や禁裏と鎌倉との関係の向上と維持があったのだから、院や藤原摂関家の信頼を得ることこそ鎌倉殿の最も望んでいたことだったろう。義経がその期待に確り応えつつあることの証左が今回の任官に他ならない。九郎の検非違使判官への任官を最も喜んだのは鎌倉殿だったとさえ云えなくもなく、義経と鎌倉殿との間に不和があったはずがない。
今回ついに源氏の棟梁とも云うべき大物貴族、村上源氏土御門通親が登場した。やがては丹後局と謀って政敵の九条兼実源頼朝に大打撃を与えることになるはずの実に手強い政治家なのだが、このドラマでは活躍を期待できるだろうか。
今回は何故か常盤御前稲森いずみ)までも逝去した。早い。史実ではもう暫く生きていて、そして義経没落時の文治二年(1186)六月六日には北条時定の鎌倉軍により囚われの身ともなる予定だが、このドラマではそれを描きたくなかったのかもしれない。ともあれ大蔵卿一条長成蛭子能収)と源義経との父子関係は今後も持続してゆくわけで、一条大蔵卿の情の深さ・篤さには驚かされるが、あるいは単なる奇人変人でもあったのか。そう考えると大蔵卿役に蛭子能収を起用したのは上手い。あと、義経の白い直衣の姿は美麗だった。滝沢秀明は甲冑ばかりか直衣も似合う。