コロッケの唄の意味

今、偶々読んでいた二〇〇〇年の雑誌「木野評論」三十一号において鶴見俊輔が「コロッケの唄」の意味について解釈している(同誌pp.227-28)。それによれば、あれは良妻を迎えたおかげで日々洋風のモダンな料理を食えることの幸福を自慢している歌なのだそうだ。本当だろうか。もし本当なら先月十八日放送「喰いタン」について感想を記した同日の吾が文中、「コロッケの唄」についての理解は真実の正反対だったことになる。でも鶴見説は尤もらしく聞こえるとはいえ歌詞の言葉遣いには今一つ馴染まないし、何より資生堂パーラー総支配人だった菊川武幸の証言とも完全に食い違っている。昭和六年に資生堂パーラーがミートクロケットを生み出した際には庶民の安価な料理であるコロッケとの差別化を心掛けたと云うのだ(『東京・銀座 私の資生堂パーラー物語』pp.68,157-62)。「コロッケの唄」が大正六年の流行歌であるのは云うまでもない。歴史的に見ることの必要性を説く人が意外に歴史を単純にしか理解していないことは珍しくもない。