喰いタンKUI-TAN最終回

日本テレビ土曜ドラマ喰いタンKUI-TAN」。寺沢大介原作。伴一彦脚本。小西康陽音楽。主題歌=B'z「結晶」。ギター演奏TARO。次屋尚&山本由緒プロデューサー。和田豊彦&井下倫子協力プロデューサー。アベクカンパニー制作協力。中島悟演出。東山紀之主演。第九話=最終回「涙のおにぎり・仮面舞踏会でいただきます」。十五分拡大の特別版。
食いしん坊の探偵KUI-TANこと高野聖也(東山紀之)の行方不明。泣きながら横浜みなと警察署に走った野田涼介(森田剛)。警察署内に待機しているはずの麻薬取締官、結城(佐々木蔵之介)に迫り、責め、真相を吐かせ、恐らくは仇をも討ちたい衝動、激情に駆られての暴走だったが、もちろん結城はどこまでも冷静で冷徹だった。涼しげで真面目そうな顔立ちながら一筋縄ではゆかなそうな気配を湛えた長身の結城と、柄の悪そうな顔立ちながら真直ぐな純情の持ち主と見える小柄の涼介との対峙は、それ自体が既にドラマティクだったと云ってよいだろう。
実際にも結城は、キャバレー「パリー」を拠点にする麻薬密売組織の首領アイリン(インリン・オブ・ジョイトイ)と結託していたわけだが、しかし結城自身、それでよいとは思っていなかったようだ。次回の大掛かりな取引の時間と場所についてアイリンから聞き出そうとしていたのはその徴に相違ない。彼には既に葛藤があった。それが明確化したのはキャバレー「パリー」の舞台で踊って生計を立てる男イベリア・イベリコ(東山紀之)=記憶喪失の高野聖也とのオニギリを食いながらの会話でのこと。「君みたいに人生リセットできたらよいかもしれないな」。後半に来る改心の契機は既に冒頭に置かれていたのだ。
話の前半はKUI-TAN聖也を見失った「ホームズ・エージェンシー」の空白感、飢餓感に満ちていたが、そんな中にも決して笑い所をなくさないのがこのドラマのよさでもある。いつ喰いタンが戻ってきても大丈夫であるようにしておくためオニギリを大量に作っていた出水京子(市川実日子)が、一緒に作ろうとした野田涼介に対し「先ず、よく手を洗って」と指示をしたところ、彼は「握ってるうちにキレイになるでしょ」と応じたのだ。もちろん京子は怒り、直ぐに彼は手を洗いに行かなければならなかったが、この「オニギリ握っているうちに手もキレイになる」という無茶苦茶な台詞を彼に云わせたのは絶妙だった。
彼のオニギリにおける塩の加減=「塩梅」の悪さという契機がその後、記憶を取り戻したKUI-TAN聖也の「塩梅」論に繋がったのも面白かった。人間における清と濁との「塩梅」に関する彼の演説には深みがあった。人間は清濁を併せ呑まなければならないが、その塩梅を間違えれば罪をも犯してしまうのだ。塩は素材の美味を引き立てるが、味わうべきは素材ではないか!という喰いタンの論は、実に、食と人間との関係を問う物語の真髄とも云えるかもしれない。
だが、それ以上に今宵の最終回中の白眉と云うに相応しかったのは、結城の「リセット」発言の直後に訪れた喰いタン聖也の復活の場面だろう。彼は出水京子から与えられたオニギリをどう食えばよいのか術を知らなかったと思しいが、結城が野田涼介製の「塩梅」を間違えた不味いオニギリを噛み締めながら人生の「リセット」について考えて去ったのを見送ったあと、その食い方を真似してオニギリを食ったイベリア・イベリコは、金の箸を持ち、記憶を取り戻したのだ。食うことが生きることであり、生きることが食うことであることの鮮やかな表現だった。これこそは「喰いタン」物語の主題に他ならない。
復活して「ホームズ・エージェンシー」に戻った喰いタン聖也が、麻薬密売組織との闘いを主張する野田涼介と出水京子と金田一少年=かねだはじめ少年(須賀健太)に対し、柄にもなく弱気なところを見せて「開脚で勝てない。開脚で」と言い訳していたのも傑作だった。無論これはアイリン=インリンの「M字開脚」ネタ。
目出度く記憶を取り戻して戻ってきた聖也に対し、五十嵐修稔刑事(佐野史郎)は「記憶を失うってのはどんな気分なんだ?」と無茶な質問をした。確かに気になる問題だが、聖也の答えは「憶えてません」の一言。五十嵐刑事は「何だと?」と苛立っていたが、なるほど記憶喪失時の記憶は記憶の復帰と同時に喪失されるものなのかもしれない。
豪華客船「ロイヤル・ウィング」で三日三晩、中国全土から集められた高級食材を用いての満漢全席ツアー。「熱烈的中華飯店」かと思った。あのときの豪華客船に乗っていた料理店の支配人と横浜みなと警察署長の山内崇(伊東四郎)は瓜二つ。
船中の高級料理店で開催された「仮面舞踏会」。少年隊か。室内管弦楽に合わせて踊る男女。その中央にはルネサンス風の貴公子=聖也とロココ風の姫=涼介。姫は髭面。ルネサンスの貴公子といえば「デカメロン」。少年隊か。
そのあとに来た厨房での戦闘は何時も以上の速度感。中国拳法の使い手がバク転!対抗してバク転しようとして止めた涼介!そして聖也が「桃太郎侍」のように登場!「一つ、人より食いしん坊。二つ、古里あとにして、三つ、みんなの人気者。食いしん坊探偵…あ!」。桃太郎侍のつもりが何時しか風大左衛門へ!拳銃を持つアイリンが発砲!その弾丸が野菜を撃ち、聖也が怒った!「食べ物を粗末にしましたね?ましてや人の命を粗末にするなど、絶対に許せません!」。中国拳法の使い手を相手に華麗に戦った貴公子=喰いタン聖也!アイリン相手に戦った姫=涼介!アイリンの衝撃的「M字開脚」攻撃には流石に興奮を隠せなかった涼介。戦闘の最後には漸く緒方桃警部(京野ことみ)と五十嵐刑事も到着。なおも抵抗するアイリンの拳銃に聖也は金の箸を突込み、ついに犯人を逮捕!歓喜で興奮する五十嵐刑事!興奮度の高い戦闘場面の連続だった。
聖也は「オーナー」に呼ばれて香港に旅立ったが、当のオーナーが姿を見せることはなかった。森光子の登場を期待していたのに出てくれなくて残念。ともあれ続編を期待してよさそうな終わり方だった。三ヶ月間のこのネタ満載の傑作ドラマに、聖也に倣い、「ごちそうさま」と云おう。