大河ドラマ風林火山第十九話

NHK大河ドラマ風林火山」。原作:井上靖。脚本:大森寿美男。音楽:千住明。主演:内野聖陽。演出:東山充祐。第十九回「呪いの笛」。
人は一人では生きてはゆけぬ!というのは馴染みの命題だが、それを云わば君主論として語ったところがこのドラマの面白いところ。しかし確かに武田晴信市川亀治郎)は一人の男ではなく、由布姫(柴本幸)は一人の女ではない。両名が結婚するということは甲斐と諏訪が結婚するということ。晴信が武田家の家督を継いだことで一人の男ではなくなったのと同じように、由布姫もまた諏訪家が滅亡したことで諏訪の人々の思いを一人で背負わなければならなくなり、一人の女ではなくなった。主君となった人は「一人」ではない。だから一人の人としては生きてはゆけない。反面、一人の人ではない人=主君は、多くの士や民の生を一人で背負わなければならないからこそ、結局は一人でしかないことを強いられる。しかし王者と云えども人なのだ。一人で全てを背負い切ることはできない。一人では生きてはゆけない。寝屋における晴信の君主論は、由布姫の抱いていた不安や苦悩を的確に表現していたに相違ない。そしてそれぞれ国を背負って一人で生きてゆかなければならない孤独な者同士の連帯こそが互いをもっと強くするだろうことを晴信は云った。延いてはそれは最上の愛の告白でもあったのだ。
この夜、晴信が山本勘助内野聖陽)について語るのを由布姫が聴く場面も深かった。これまで常々勘助に助けられ、激励されてきた姫は、勘助を信頼できる男だと感じている反面、勘助が己を殺そうとしたこともあったと信じていた。しかし晴信は、勘助がどれだけ姫の延命に必死だったかを語った。勘助が他人にあれだけの情熱を抱くのは極めて稀であることも。云わば勘助を愛したい女と勘助を愛している男が愛し合おうとしていた場面だったのだ。
今回の側室の件で勘助を少し認めるようになった甘利虎泰竜雷太)。彼の変化に驚いていた諸角虎定(加藤武)。しかし彼の変化のなさも悪くはない。そういう老臣は必要なのだ。別の意味で変わりないのは小山田信有(田辺誠一)の下ネタ愛好。
由布姫は晴信との寝屋で毎晩一晩中、正室の三条(池脇千鶴)から譲り受けた笛を吹き続けていた。逆に云えば、躑躅ヶ崎館の夜に笛の音が鳴り響いている間は晴信と由布姫との間には何もない。それが聴こえてくる間は三条も安らかに眠ることができる。しかし或る夜、笛を吹いていたのは寝屋の外の侍女だった。その音色の、何時もとの微妙な違いを唯一感じ取ることのできた三条が、嫉妬に駆られて眠ることができなかった姿が哀れだった。
春日源五郎田中幸太朗)が由布姫の笛の音の「呪い」を三条の呪いと述べたのは、単なる軽口であると同時に、その奥には多分、晴信に真に最も愛されている者としての優越感と幾らかの嫉妬心から、できれば晴信から全ての女を遠ざけたいという思いを秘めていたのではないだろうか。