大河ドラマ風林火山第三十九話

NHK大河ドラマ「風林火山」。演出：東山充裕。第三十九回「川中島！龍虎激突」。
越後より攻め寄せてきた長尾景虎（Gacktガクト）。しかし、迎え撃つ武田晴信（市川亀治郎）は、山本勘助（内野聖陽）の策を受け入れ、本陣を城から決して動かそうとはしなかった。
そうした中、本陣にあって暇を持て余しつつも軍で功を上げることへの意欲を語った河原村伝兵衛（有薗芳記）に対し葛笠太吉（有馬自由）が、独身でも手柄を立てたいのか？と尋ねた。太吉が山本勘助の直属の家来として、一家を挙げて主君の家を守ることを本分としてきたのとは異なり、伝兵衛は亡き板垣信方（千葉真一）や勘助の命を受けて様々な仕事を処理してきたから、既に身も心も武士なのだろう。農民だった頃と大して変わらない太吉とは違う。両名は元来は同じ農村の出身ではあっても、今や精神においては全く相容れないところにまで達しているはずだ。しかし伝兵衛はそんなことを口にはしない。
そこで今度は太吉の子、葛笠茂吉（内野謙太）が尋ねた。長尾景虎はどんな顔なのか？と。勘助を救出すべく根来衆に扮し鉄砲の輸送のため越後へ赴き長尾景虎を実見し得た伝兵衛は、あの美形の容姿を想起して応えた。「わしにそっくりじゃった」と。これを聴いて茂吉は、驚愕しつつ、同時に納得していた。だから長尾景虎には女が寄り付かないのか！と。かなり笑える傑作な一場面なのだが、ここにおいて見落としてはならない本質は、伝兵衛が実際に長尾景虎の姿を見たことがあるという点にこそある。越後の龍の姿を実見したことがある者は武田家中においては、現時点では多分、山本勘助と河原村伝兵衛の二人しかいないだろう。同じ伝兵衛は、武田晴信の影武者をさえ演じたことがあるのを想起しておく必要がある。民から武士への変容を遂げてしまった者ならではの孤独と誇り高さがあってこその、あの笑いだったと云えるかもしれない。長閑な休息の場面にも極めて深遠な人生の真理がさり気なく描かれているのが面白い。それがこのドラマをさらに面白くしている。