大河ドラマ風林火山第四十九話

NHK大河ドラマ風林火山」。原作:井上靖。脚本:大森寿美男。音楽:千住明。題字:柿沼康二。演出:清水一彦。第四十九回「死闘川中島」。
武田信繁嘉島典俊)討死!諸角虎定(加藤武)討死!という後半の大きな見せ場へ向けて、前半の様々な場面の積み重ねには緊迫感があったし現実味もあって面白かった。先ずは武田信玄市川亀治郎)に対し山本勘助内野聖陽)が「啄木鳥の戦法」を提案する場があり、そこで馬場信春高橋和也)は勘助の提案を全面的に師事。次いで重臣を勢揃いさせての会議あり、勘助と馬場の策を採る考えを主君が告げたが、ここでも異論は出なかった。「決戦」のときを前に今や家中は完全に一つと化していた。そして出陣に備えて全軍は腹拵えを始めた。重臣から足軽に至るまで皆が旺盛な食欲を見せた。全軍の気力の充実を物語る場面だ。大熊朝秀(大橋吾郎)は「小俣殿」(この番組の音楽を手がけた千住明!)と「柏木殿」(この番組の題字を手がけた柿沼康二!)に酒を勧めていたが、小俣殿も柏木殿も、神妙な面持ながらも死闘の前の晩餐をなかなか楽しんでいた様子だった。真田幸隆佐々木蔵之介)と相木市兵衛(近藤芳正)のコンビも仲よく夕食。湯漬だろうが、大いに食っていた。そこに勘助が合流して食卓に着いたとき、相木は「身の震るう軍は久し振り」と発言。これは事実上「武者震いがするのお!ますます身震いがするのお!」の新ヴァージョンと云うべきだろう。同じ頃、信繁は信玄を訪ねて晩酌をしながら兄弟としての会話。七月二十二日放送の第二十九話において信繁は、「今後は兄に、対等な兄弟として接するのではなく家臣として仕え、御舘様と呼んで兄とは呼ばない」と決意した。実際その通りの人生だった。二人が兄弟として語り合うのは実に十三年振りのことだったのだ。
そして甲斐武田軍二万の内一万二千もの別働隊が才女山の上杉軍を背後より襲撃すべく出陣。馬場信春や飯富虎昌(金田明夫)、真田幸隆、相木市兵衛とともに香坂弾正虎綱(田中幸太朗)も別働隊としての出陣を命じられていた。勘助の養女リツ(前田亜季)と婚約することで勘助の婿となった香坂弾正は敬愛する勘助を「父上」と呼んで本隊の武運を祈り、勘助も天下に誇る婿殿の武運を祈った。その瞬間、彼の脳裏には、養女リツと香坂弾正との婚約を決めたあの日の、「わしの全てを託す!」と告げて主君への永遠の忠義を誓わせ、同時に十八年前(?)に出会って以来の愛をも告白したときのことが甦っていた。数十秒間の挿話にも濃厚な物語が込められている。
さて、近年の大河ドラマには稀に見る傑作と誰もが評価するこのドラマであるからこそ、苦言を呈すべき点も本質的にならざるを得ない。
前回このドラマに登場して川中島の霧について予報を教えた声の甲高い老婆おふく(緑魔子)は、越後の上杉軍の宇佐美定満緒形拳)にも同じことを教えた。宇佐美は予てからこの老女の天気予報の確かさに眼を付け、霧の出そうなときには報告に来るよう命じていたらしい。それで彼は、武田軍が「啄木鳥の戦法」で攻撃を仕掛けてくる可能性を予測したが、直江実綱(西岡徳馬)は流石にそのような奇策の現実性を俄かには信じなかった。しかるに上杉政虎Gacktガクト)は、武田軍の本陣の方角に飯を炊ぐ煙の上がるのを見出し、動きのあることを確信して先手を打つことを決定した。要するに上杉軍の側には武田軍の動きをあらゆる面から把握する体制が整っていて、勘助が何をどう企てようとも全て読まれてしまい、勝ち目がなかったかのような話になっていたのだ。だが、どうして上杉軍をそこまで神格化して描かなければならないのだろうか。武田軍の煙から不穏な動きを偶々察知したというのでは駄目だったのだろうか。NHKにとって上杉家やGacktガクトがどれだけ重要なのか知らないが、ここまで上杉家を持ち上げる意図が、どうにも解せないのは正直なところ。元禄期の上杉家が赤穂浪士四十七人の討入に手も脚も出なかったことを想起するまでもなく、上杉家が神聖な一族ではなかったのは云うまでもない。
馬上の諸角虎定が、どう見ても馬上にあるようには見えなかったことや、春日源之丞(小林太樹)の演技が稀に見る程の稚拙さ加減だったことも最終回前の一話の要素としては誠に遺憾。ともあれ次週の最終回は見逃せない。期待しよう。

近世武家肖像画の研究