新番組=鹿男あをによし第一話

今宵からの新番組。
フジテレビ系。ドラマ「鹿男あをによし」。
原作:万城目学鹿男あをによし』。脚本:相沢友子。音楽:佐橋俊彦。企画:中島寛朗。アソシエイトプロデュース:石原隆。プロデュース:土屋健。制作:フジテレビ&共同テレビ。第一話。演出:鈴木雅之
今宵の第一話、最初から最後まで意味が解らなかったが、実に面白かった。かなりの傑作ドラマになりそうな予感を禁じ得なかった。火曜の夜十時の「あしたの、喜多善男」にしても、この「鹿男あをによし」にしても、今期のフジテレビ作品には何時になく見応えがある気がする。
このドラマを支配する不思議な雰囲気を象徴するのは奈良の鹿たちだろう。実際、大勢の鹿たちの歩く奈良公園の風情というのは、同じ古都でも京都に対しては全く抱くことのないような、独特の感覚を惹起する。別世界というか異世界というか。あの辺に居住する人々がいるということ自体、何だか信じられない程だ。日本の「伝統」からは微妙にズレている感じというか。
東京から奈良の女学校へ赴任するため奈良駅に降り立って奈良公園を歩いていた小川孝信(玉木宏)に逸早く目を付けて見詰めていた鹿の、あの如何にも深く見入るような真剣な眼差し、何かを見定め、確信したかのような表情が実によかった。以後も彼の姿を見続けていた鹿の異様なまでの存在感には殆ど恐ろしいものがあった。
人間も負けてはいなかった。小川孝信に興味を持ち好意を抱いたらしい藤原道子綾瀬はるか)の、彼との会話の噛み合わなさ加減が凄まじかった。奈良の神社仏閣、神仏の歴史についての博覧強記の程を披露しないではいない饒舌な解説は尽きることなく延々続き、それがまた話の噛み合わなさ加減を倍増させていたが、何よりも話題の変転の速度には圧倒された。云うことが一々唐突で実に笑えた。
小川孝信の下宿先の、福原房江(鷲尾真知子)の経営する元旅館の料理屋の空間も素晴らしかった。もともとが旅館だからそもそも非日常の空間ではあるのだろうが、そんなところで日常生活を過ごすというのはどんな気分なのだろうか。古都の料理屋に下宿するというのも稀少なことだろう。
役者の演技も全て素晴らしい。外れがない。異様な空間の異様な人々に驚いて呆然とするのみの小川孝信の間抜け振りとか間の悪さとか頭よくて生真面目な所為で却って馬鹿みたいになっている感じとかを玉木宏が淡々と見事に演じていて、それがこのドラマの面白さに合っている。綾瀬はるかの、何を考えているのか分からない感じも実によかった。
奈良女学校の職員室における前村さおり(キムラ緑子)の、豪快で厚かましい明るさと、名取良一(酒井敏也)の、他人の言動を細かいことまで記憶していて、あたかも呪うように延々説明してみせる暗さ。まともな会話の成立しない藤原道子や会話に付いて行けない小川孝信をも交えて彼等の繰り広げる騒々しい会話に、他の教職員たちが微妙に迷惑そうな様子だったのも、なかなか味わい深かった。
小川孝信が藤原道子に「奈良は好いところだね」と語りかけた場面など、それまでの噛み合わない会話の笑い所からは一転、かなり普通に美しい恋愛ドラマのようにさえ見えたのに、直後の魚顔の堀田イト(多部未華子)の「嫌いです」発言と黒板の「鹿せんべい、そんなにうまいか」の両場面はドラマに漲る奇妙な気配を一気に取り戻した。そして最後の、鹿が小川孝信に話し掛け、それを己の妄想と思い込もうとした彼に鹿が再び語り掛けた場面の超現実性。傑作な展開だった。
全体としても細部においても不条理な展開と奇妙な描写、不思議な雰囲気に支配されているこのドラマの面白さを、さらに増幅させるのが終曲(エンディング・テーマ曲)。その勇壮な音楽に合わせて鹿の群の大行進。凄過ぎる。