刑事の現場第二話
NHK総合。土曜ドラマ「刑事の現場」。
作:尾西兼一。音楽:coba。主題歌:大橋卓弥(スキマスイッチ)。演出:柳川強。第二回「48時間の壁」。
熱血教師だった人物による殺人事件。愛知県警察東和警察署の捜査課捜査一係の加藤啓吾巡査(森山未來)が同僚の古川良介巡査(忍成修吾)とともに逮捕した不審者は、加藤巡査にとっては小学三年生のときの担任教諭、鵜飼公平(原田芳雄)だった。しかも、この恩師の指紋は、一年前に起きて未解決のままのタクシー運転手殺害事件の現場に残されていた指紋の一と一致した。弁護士から早期釈放を要求される中、別件逮捕という望ましくない現状を打開するためには拘置期限四十八時間の内に、一年前の事件の捜査を完了しなければならない。併せて加藤啓吾巡査には、恩師を逮捕した本来の容疑である公務執行妨害の件についても四十八時間内に書類を完成させる任務があった。極めて限定された時間内に、なすべき用務が余りにも多く、しかも困難があるという状況。この設定自体が、ドラマを否応なく緊張度の高いものにし、ドラマティクに盛り上げる。
だが、今宵のこのドラマの真価はそこにだけあるのではない。
容疑者、鵜飼先生は、かつて教え子だった加藤啓吾巡査にとっては、とても怖くて、しかも優しい先生だった。誰がどう見ても刑事という職業には向いていないと思われていた加藤巡査が、それでも、殉職した亡き父の遺志を継ぐかのように刑事になったのは、鵜飼先生の励ましがあってのことだった。しかし今、加藤巡査はその恩師を逮捕し、別件の捜査も始め、対する恩師は彼の前で警察への怒り、憎しみを力説している。また、聞き込み捜査の結果、浮かび上がった近年の恩師の姿は、周囲の住民たちからも恐れられる過激な攻撃的な変人だった。それは取調室で加藤巡査の眼前にいる今の恩師の姿とも重なる。一体、この数年間に何があったのか。逮捕の直後の、攻撃的で傲慢で偏屈な老人が、二日間の取調と捜査の果てに、己の罪の全てを語るに至るまでの展開は、殺人事件の被害者が警察に対し、どのような思いを抱くものであるのかを明らかにする過程でもあった。
加害者であると同時に実は被害者でもあり、不当に逮捕された者であると同時に逮捕されるべくして逮捕された者でもあり、殺人犯であると同時に恩師でもある人物の複雑な思い、その表出としての彼の表情が、このドラマの印象を深いものにしたと思う。
タクシー運転手の母、立花ノブ(三田和代)は、何の罪もない吾が子が何者かによって殺害された一年前の事件について、警察に怒りを抱いていた。母子二人の家庭の働き手だった吾が子を失ったことで収入を断たれたことへの怒りも大きいだろう。事件が未解決のままでは償ってくれる者も出て来ようがない。金が欲しければ働け!というのは酷な話だ。吾が子を理不尽に失ったゆえの怒り、悲しみから、働く意欲も出てこないのだろう。もちろん怒りは警察へ向けられるほかない。何をやっているのか?と。事件について警察からは色々聴かれたが、捜査の結果については何の説明もない。事件は未解決のまま忘れられようとしているが、忘れることはできない。しかし思い出せば手が震える。心の痛みが身体の痛みを伴う。殺人事件の被害者の遺族の悲しみ、苦しみとは、こんなにも痛ましいものなのだ。そしてそうした感情の前に警察という公務員は何と無力な存在だろうか。
だが、事件の全貌が明らかになった今、この悲しみの母は単なる被害者ではなくなった。なぜなら鵜飼先生によって殺害された運転手の立花は、鵜飼先生の愛する孫娘を死なせた交通事故の加害者だったからだ。立花の母は鵜飼先生への憎しみを禁じ得ないだろうが、鵜飼先生と亡き妻が孫娘の死について抱いた感情は、立花の母が吾が子の死について抱いている感情と同じものではなかったか?と想像せざるを得ない。
加藤啓吾巡査もまた、殺人事件の被害者の遺族に他ならない。彼が父を亡くしたのは幼かったときのことだからか、立ち直りは早かった。何よりも父の葬儀の日の、殉職した父に対する大勢の警察官たちの敬礼の様子は、幼心に父への敬意を生み、それが将来の道として刑事への就職を彼に選ばせた所以だった。だが、父を亡くしたことの痛みがそんな彼にも無縁だったはずはない。例えば現実の問題として、小学校時代から大学卒業までの間、生活は常に苦しかったろう。母には多大の苦労をかけたに相違ない。彼の母は多分、夫を亡くした悲しみに浸る余裕もなく必死になって働いたことだろう。吾が子の夢をかなえるためだ。その点、たった一人の吾が子を亡くして全てを失くした立花の母とは違っている。だが、抱いた悲しみ、苦しみ自体が軽減されたわけではなかったはずなのだ。