仮面ライダーキバ第十二話

東映仮面ライダーキバ」。井上敏樹脚本。舞原賢三演出。
第十二回「初ライヴ-黄金のスピード」。
名護啓介(加藤慶祐)は一つの野望を表明した。仮面ライダーキバを打倒した今、ファンガイアを殲滅すべく「素晴らしき青空の会」の構成員を大増員して己がその長官となり、「ゆくゆくは世界の在り方を管理したい」と云うのだ。凄まじい野望だ。「仮面ライダーブレイド」における天王路博史理事長の野望に匹敵しよう。名護としては、己の確信する神の正義によって世界を正しく統制したいと考えているのだろうが、あの天王路博史もまたアンデッドのバトルを制することで世界を白紙に戻し(まさしくリセット!)、自らが新たな創造の神となって、己の信ずる正しい世界を実現したいと(彼自身としてはどこまでも大真面目に)考えていたのだ。現状の、既存の世界を否定し去って未だ実現したことのなかった新たな理想の世界を建設しよう!という思考は、古来ユートピア思想として語られ、その限りでは現実の世界の抱える問題群への批判として健全に機能し得たが、十八世紀末以降、大革命による国家の転覆や共産主義の席捲によって行動に結び付き、現実の世界に甚大な影響をもたらした。十八世紀の英国の哲学者デイヴィド・ヒュームが述べたように世界を一新しようという類の思想は世界への反逆に他ならない。そうであるなら名護啓介という変人の危険性は、予想以上だったのだ。
そして二十二年前。麻生ゆり(高橋優)は紅音也(武田航平PureBOYS])を「デート」に誘った。ヴァイオリンを奏でて学問技芸神ミューズとのデート中だった彼も、予想外のデートの誘いに慌てて応じた。しかし、両名のデートはどう見てもデートらしからぬ様子だった。当然だ。麻生ゆりは恋人のつもりだった次狼(松田賢二)にも上司の嶋護(金山一彦)にも裏切られたことでヤケになっていただけだった。母の開発した仮面ライダー変身装置「イクサ」を継承したいとの意志をかねて嶋護に伝えていたにもかかわらず「イクサ」は次狼に与えられた。それでヤケになっていたのだ。音也とのデートなんか、本当は別に望んでもいなかった。音也がそこのことに気付かないはずがない。無類の女好きで、ことに麻生ゆりのためならどんな危険をも辞さない程の彼も、このデートには付き合い切れなかった。「今日のお前は、お前じゃない。今日のお前は、好きじゃない」。しかし彼はそのあと一人で次狼を訪ね、嶋護が麻生ゆりを裏切って次狼に与えたイクサを麻生ゆりに移譲するよう求め、土下座までしていた。恋敵に対して。何のためか?無論、「今日のお前」から本来の「お前」に戻ってもらうためだろう。紅音也は愛に生きる男なのだ。
さて、今朝の第十二話における戦闘場面には極めて大きな見所があった。仮面ライダーキバ=紅渡(瀬戸康史D-BOYS])と、仮面ライダーイクサ=名護啓介との、所謂ライダーキック同士の衝突があったのだ。結果はキバ=紅渡の勝利。蹴り飛ばされたイクサの変身は解除され、名護啓介は雨上がりのあとの水溜りに落ちて、泥だらけになっていた。野心的な危険な男の、何とも惨めな姿。彼の野望を知る視聴者はその惨めさを格別に知るのだ。