土曜ドラマ監査法人第五話

NHK土曜ドラマ監査法人」。
第五話「夢の代償」。脚本:矢島正雄。演出:渡辺一貴。
財政監督庁検査局長(利重剛)の主導する金融再編の波に乗って、正義の名の下に厳格監査を断行し、東都銀行を潰した上、ジャパン監査法人理事長の篠原勇蔵(橋爪功)をも追放して同法人を乗っ取り、新たにエスペランサ監査法人を立ち上げて理事長に就いた小野寺直人(豊原功補)は、同じく財政監督庁検査局長の主導する改革の波に、今度は逆に飲み込まれようとしている。そしてジャパン監査法人の崩壊に乗じて業界最大手にまで成長していた田上啓司(津川雅彦)率いる「あすなろ監査法人」に吸収されつつあった中で、今や小野寺は、かつての篠原でさえ手を染めなかった程の不正を働いた。しかも今まで正義感に燃えて厳格監査の道を真直ぐに進んできた若き公認会計士、若杉健司(塚本高史)にまでもそれに加担させた。
だが、何のための金融再編、何のための構造改革なのか。日本国民のためなのか?それともアメリカ政府のためなのか?少なくとも云えることは、国民生活の平安や向上に繋がるものとは思えないということだ。
小野寺の変化はその意味において実に象徴的だ。かつて厳格監査の権化だったはずの彼は、今や、ベンチャー企業家の井上涼(阿部サダヲ)の紛れもない粉飾を見逃してでも、逆にその上場を支援してやらなければならないと考えている。一つには、財政監督庁の構想する「ベンチャー企業の隆盛」という「時代」の神話を盛り上げるため、もう一つには、そうしてその立役者としてエスペランサ監査法人の実績を蓄えてゆくため。何れにせよ、そのことは財政監督庁や業界に対してエスペランサ監査法人の存在感を示すことにより、やがて来る合併の話を有利に進めるための布石に他ならない。要するに小野寺の変化とは、己の築いたエスペランサ監査法人を守り、己の地位を守ることでしかない。その目的のためにどれだけ多くの人々の生活が破壊されてきたかを、彼は考えもしない。
今の小野寺は、かつての篠原に近付いたのだろうか?否、そうではない。篠原の不正は、多くの企業を成長させ、あるいは少なくとも安定させ、延いては日本経済の成長、あるいは安定を支えることを目指していたからだ。もちろん不正は許されることではないが、国民生活の平安や向上を目指した精神は、認めてよいはずだ。少なくとも外国からの圧力に屈して国を売るような行為に加担したわけではなかった。そのことは認めてよいはずだ。
獄中の篠原は、面会に来た若杉からの「一体、誰と戦っているのか?」の問いに「強いて云えば、時代と戦っている」と答えた。真理に違いない。
若杉の幼い娘、知香(広田思帆)は、井上から、彼の経営するベンチャー企業「プレシャスドーナツ」の商品をもらって喜んでいた。それは、子ども一人でもドーナツを作ることができると謳う商品だったが、若杉健司の見るところ、実際には火や油を使用するため、幼児には危険な商品だった。云わば看板と云うか宣伝文句に偽りのある商品だったのだ。これは井上のベンチャー企業の手法それ自体の危険性を象徴するものに他ならなかった。
プレシャスドーナツの利益の三割は、実は老人たちを騙して実質のないフランチャイズ権を売ることで得られたものだったのだ。これでは商売と詐欺の区別も付かなくなってしまうが、エスペランサ監査法人ベンチャー企業の振興という目的のため、そうした詐欺をも容認しようとした。無論その背後には財政監督庁をはじめとする政府の意向があった。外国の機嫌を取るためには国民を騙すことをも辞さない「構造改革」というものに、どのような正義があるのだろうか。