赤塚不二夫告別式におけるタモリ弔辞

かつて日本テレビの深夜番組で著名人に風変わりな論題で講演をしてもらう番組があった。番組名は確か「講演大王」と云ったろうか。もう十五年以上も昔のことかと思う。その第一回目の講師がタモリだった。演題は、確か「若者よ、クリスマスやバレンタイン等の年中行事に振り回されるのを止めよ!」と云ったような類のものだったはずだ。その論理は極めて明晰。要するに…(1)年中行事というものは社会人の人間関係を秩序化する装置であり、それを盛り上げようとする諸企業の思惑も含め、云わば世間の「柵」(しがらみ)であって、しかるに(2)若者の特権は、大学生の生の不安定性が物語る通り、恐ろしいまでの自由を享受できることにこそあり、(3)多くの若者はその自由であることの不安に耐え切れなくて、社会人の真似をして年中行事の類に奔走することにもなるのだろうが、(4)恐ろしいまでの自由を享受することは貴重な経験であり、その不安に耐えることには意味があるのだから、(5)若者よ、クリスマスやバレンタイン等の年中行事に囚われることを止め、柵から解放されよ!…と云ったような感じだったと記憶する。こうして要約すると余りにも明晰で単純にさえ思えるかもしれないが、クリスマスやバレンタイン等の年中行事に人々が囚われる様子を「柵」と形容したところに哲学的な想像力の豊かさを感じる。あの番組を見て、タモリが哲学詩人であると知った。
本日、赤塚不二夫告別式においてタモリこと森田一義の弔辞があり、その全文をYahooニュース等で読んだが、バカボンのパパの語「これでいいのだ」を明晰に「意味の世界からの解放」と解したところ等、いかにもタモリならではの哲学的な詩的な表現であると云わざるを得ない。