仮面ライダーディケイド第十八話

東映仮面ライダーディケイド」。
第十八話「サボる響鬼」。脚本:米村正二。監督:柴崎貴行。
またしても再構成の妙味に感心した。何よりも上手いのは、何百年も昔から吉野を拠点にして各地で続いてきたと云われる鬼の力による魔化魍退治の活動を、伝統的な武芸としての音撃道として捉えたこと。そして響鬼の打楽器、威吹鬼吹奏楽器、斬鬼の弦楽器という使用楽器の違いを流派の違いとして設定した上で、そこに派閥の争いという要素は無論のこと、派閥の境界を超えようとする禁断の恋をも絡めた。なるほど、「仮面ライダー響鬼」の設定には、これだけ豊かな可能性が潜在していたのだ。設定の創案者自身がそのことに気付かなかったのは、今さらながら惜しいことだ。
もう一つ注目に値するのは、鬼の力の二面性が改めて描かれようとしていることだ。「仮面ライダー響鬼」における「鬼」概念については、当時の論争の過程で多くの人々が論及したかと思うが、取り敢えず近代の創作童話における赤鬼の話を持ち出して鬼の概念を論じるだけでは話にもならぬという点だけは強調しておきたい。古代の吉備真備の伝説(吉備大臣入唐絵詞)が物語るように、鬼というのは人々に害をなし、ゆえに人々に恐れられる存在ではあるが、反面、鬼の力を制御して利用することができれば人は無敵の力を得ることができる。「仮面ライダー響鬼」における鬼の概念についても、そうした古来の鬼の姿を踏まえることが必要であるという見解を、当時ここに提起したことがある。実際、「鬼であるためには鬼を超えなければならない」とでも要約できるテーゼは、「仮面ライダー響鬼」の後半を通じて、ヒビキ(細川茂樹)と明日夢栩原楽人)と桐矢京介(中村優一)、或いはイブキ(渋江譲二)と天美あきら(秋山奈々)、さらにはザンキ松田賢二)とトドロキ(川口真五)それぞれの師弟関係の物語を貫いていたのだ。そして今朝の「仮面ライダーディケイド」における響鬼=ヒビキ(デビット伊東)の苦悩が、鬼として戦うために鬼の力を制御し続けることの困難、その破綻への恐怖にあるのは見易い。
彼に師事する「少年」=アスム(小清水一揮)を彼が遠ざけようとする所以もそこにある。「仮面ライダー響鬼」でもヒビキは明日夢の入門を認めようとはしなかったが、その理由は明確には語られなかった。再構成としての今朝の物語の妙味はそうした相違点に遺憾なく発揮されていると云えるだろう。
さて、ともかくも流派間の争闘を繰り広げる音撃道の鬼たちの世界へ、仮面ライダーディケイド=門矢士(井上正大)の一行が到着した。
門矢士は今回どこまでも徹底して強くて颯爽と恰好よかったが、敵対する海東大樹(戸谷公人)にも今回は色々見せ場が多かった。何よりも傑作だったのは、ヒビキに破門された「少年」アスムに対する彼の言葉。「取り敢えず僕は、斬鬼流と威吹鬼流の巻物を奪ってみせる」と宣言した海東に、アスムは「そんなの無理に決まっているじゃないですか」と応じたが、「どうかな?やる気さえあれば不可能なことなんて、この世にはないと思うけど。先ずは動かないとね。動けば何かが始まるさ。ショウネン君」と爽やかに応えて、そして海東は去った。海東は他人の宝物を盗もうとしているわけだが、アスムの心には彼の語が思いのほか深く響いた。なぜならそれはヒビキの言葉にも似ていたからだ。序でに云えば、二〇〇五年十一月二十日放送の第四十巻における明日夢の母の激励(考える前に行動せよ!)にも似ていよう。
さらに海東は、ライヴァル門矢士が威吹鬼流に大師範として招かれたのに対抗して、斬鬼流に用心棒として雇われた。爽やかな美青年の海東が、爽やかさとは無縁の斬鬼流道場に入ること自体も一寸面白い。他方、門矢士は、イブキが評した通りの美青年ではあるものの、どことなくバンカラ風の面もあるので(魔化魍に下駄を蹴り飛ばしたところによく表れていると云える)、何れの流派にも普通に馴染んでしまえそうだ。
両派の対決の混乱に乗じて両派それぞれの宝の巻物を見事に盗み出した海東は、門矢士とイブキとザンキをまとめて打倒すべく、電王の世界から鬼の姿のモモタロス(声:関俊彦)を召喚して差し向けた。このときの彼の「鬼合戦の始まりだ!じゃあね」という捨て台詞も格好よい。ヒビキからの攻撃に接したときの「おじさんのくせに、隙がないね」という呟きも含めて、今朝の話では海東の台詞が一々光っていた。
もちろん忘れてはならないのは小野寺ユウスケ(村井良大)の活躍のこと。彼は魔化魍に襲われていたヒビキとアスムを助けるため、仮面ライダークウガ(空我!)に変身したのだ。でも、ユウスケの真の魅力が発揮されるのは、何を着ても似合う二枚目の門矢士をからかっているときの笑顔や、魔化魍退治をする門矢士=仮面ライダーディケイドの戦闘をアスムと一緒に見守っているときの、アスムの肩に手をかけた優しそうな様子にあるとも云える。
門矢士役の井上正大とユウスケ役の村井良大と海東大樹役の戸谷公人という三人は、それぞれを単独で見ても美男子であるし、組み合わせとして見ても個性が際立って絶妙であるし、役柄と容姿や服装とが見事に調和している点も含めて実に巧い配役であると予て思っていたが、今朝の話ではそれが存分に発揮されたように思う。深くて暗い森の中での戦闘から物語を始めたことによって「仮面ライダー響鬼」の雰囲気が再現されていたし、流派の対立という要素を導入したことによる群衆描写は戦闘場面を盛り上げて、今朝のドラマには実に見所が多かった。