NHK咲くやこの花第八話

NHK土曜時代劇咲くやこの花」。第八話「恋ぞつもりて」。
江戸の深川の漬物屋「ただみ屋」の娘こい(成海璃子)が小倉百人一首の歌カルタに出会ったのは十年前、近所の河原で、豪奢な朱塗の箱入のカルタを拾ったときのことだった。何かしら心惹かれるものがあって拾い集めたが、上の句の札と下の句の札、合わせて二百枚あるべきところが拾い得たのは百九十九枚のみ。どうしても一枚だけ見付からなかった。曾禰好忠の歌「由良のとを渡る舟人かぢをたえ」の下の句の札がそれだったが、意外なことにも、その「行衛もしらぬ恋のみちかな」の札を持っていたのは、こいにとっての最も愛しい人、深堂由良(平岡祐太)その人だった。そもそもその歌カルタを所有していたのは彼の父、梶緒藩家老の深堂好忠だったのだ。江戸城大奥の用品調達に関して不正あり、その悪事に梶緒藩の城主も関与しているとの噂を耳にした好忠は、その真偽を確かめるため、そして対策をも講じるべく、幕閣中の有力者である芦川藩主の門田伯耆守稲葉(寺田農)に相談することを思い付き、その屋敷へ向かう途上に殺害された。河原に落ちていた歌カルタは、門田伯耆守への贈り物として好忠が準備し携えていたはずのものだったのだ。その門田伯耆守こそ、由良が父の仇と目する人物に他ならない。
不正に関与していたのは、恐らくは、あたかも悪事の張本人であるかのような噂を江戸城内に流されていた梶緒藩主には非ず、むしろ大奥に深い繋がりを有し、大奥の人事にも介入し得ると思しい門田伯耆守稲葉に他ならないだろう。そして不正の要をなしたのが、日本橋の豪商、「百敷屋」呉服店主人の徳兵衛(大和田伸也)であるだろうことも明白だ。大奥への衣装や化粧や装身具の納品にあたり価格を多めに見積もって不当な利益を上げ、その分け前を門田伯耆守に上納していたことだろう。現在進行中の大江戸小倉百人一首歌かるた腕競もまた、町の娘たちに高価な着物を買わせ、大奥の女中たちにも最高級の着物を買わせることで暴利を貪る策の一種だったらしいのだ。
こうして、町娘こいの百人一首への「志」と、浪人の深堂由良の敵討の「志」とが一つに繋がったのだ。
とはいえ、こいにはもう一つの「志」がある。愛しい由良様と一緒に「心穏やかに暮らしてゆく」という「町人」としての「志」に他ならない。侍の志と、戦う娘の志と、町人の志。彼等の思いはどのように遂げられるのだろうか。そして「嵐雪堂」主人の佐生はな(松坂慶子)は今や何を企てているのだろうか。
残る二話がどのように成りゆくのか、その「行方も知らぬ」展開を、このドラマの語り手をつとめる小倉百人一首の撰者、京極黄門こと権中納言藤原定家卿と一緒に「焼くや藻塩の身も焦がれつつ」待たなければならない(「こぬ人をまつほの浦の夕なぎにやくやもしほの身もこがれつゝ」)。
ちなみに、今週の百敷屋順軒(内田滋)の替え歌は「あらし吹かるたの山の一番は江戸深川のにしきなりけり」。もちろん能因法師の歌「あらし吹三室の山のもみぢばゝ竜田の川のにしきなりけり」のパロディ。彼も臨席した大江戸小倉百人一首歌かるた腕競の本戦において華やかに着飾った十人の出場選手たちが「乙女」と称されて入場した場面は、「あまつ乙女」を表していたに相違ない。僧正遍昭の名歌、「あまつ風雲のかよひ路吹とぢよ乙女のすがたしばしとゞめん」のことだ。
物語の結末へ向けて大きく動き始めた第八話の題「恋ぞつもりて」は、激情の天子と伝えられる陽成院の「つくばねの峰より落るみなの川こひぞつもりて淵となりぬる」に因んでいる。

百人一首 (角川ソフィア文庫)