素直になれなくて第八話
フジテレビ系。ドラマ「素直になれなくて」第八話。
このドラマにおいて観察し考察するに値する人物がいるとすれば、それは美青年リンダ(玉山鉄二)の他にはいない。今回の彼を見舞った二つの災難について確認しておこう。
(一)雑誌社「ベストマガジン社」の編集部に勤務する美青年リンダは、浮気で軽率な青年ナカジ(瑛太)への「叶わぬ恋」に胸を痛め苦しみながらも、カメラマンとして生計を立てようとしているナカジに質のよい仕事を回して出世の道を切り拓いてやりたいと願望する余り、編集部に長として君臨する淫乱なセクハラ上司の北川悦吏子ならぬマリコ(渡辺えり)が美しいリンダの肉体を貪りたいと欲求しているのを利用して、文字通り自身の身体を生贄として捧げてきた。心身両面にわたるリンダの自己犠牲は功を奏して、ナカジには大きな好機が到来した。しかるにナカジは己のこの出世を可能にした裏面の事情を知らない。もちろんリンダにとってもそれは知られてはならない。だが、リンダの精神が深い傷を負っているのは明白だ。そんな彼にとっての唯一の励みは、ナカジからの感謝の笑顔に他ならなかったはずだ。それなのに!ナカジは、あろうことか、リンダとマリコとの間には何か深い関係があるのではないかと邪推したのだ。このことがリンダを一挙に追い詰めたろうことは想像に難くない。
(二)愛する男ナカジを輝かせたいという一途な思いのために、どう転んでも愛し得ない女マリコ=エリコからの淫欲に嫌でも無理矢理にでも応じなければならないリンダにとって、当のナカジから、エリコとの関係を疑われるという状況が耐え難いものだったことは自ずから明らかだ。エリコからの温泉旅行への誘いをリンダが無断で拒絶せざるを得なかったのは、女の体やエリコその人に対する嫌悪感を抑え切れなかっただけではなく、むしろそれ以上に、エリコとの関係をナカジに邪推されている状況に対する耐え難さが爆発的に増大したからでもあったに相違ない。リンダがナカジに気付いて欲しかったのは、エリコとの奇妙な関係のことではなく、ナカジに対する一途な思いの存在についてであるはずだ。もはや抑え切れなくなった感情の爆発が、リンダをナカジのもとへ走らせた。リンダはナカジに抱き付いた。リンダはナカジに真実を察して欲しいのだ。嗚呼!それなのに!悪魔の如き狂女ピーチ(関めぐみ)は、ナカジを我が物とすべく現場へ出現し、ナカジに付きまとって、リンダを邪魔者扱いし、居たたまれなくなったリンダがその場を去るや、リンダを心配したナカジが追いかけようとした瞬間、「こういうときは一人にしてあげた方がよい」等と一見あたかも尤もらしいかのようなことを述べて首尾よくリンダを追い払うことに成功し、ついに、ナカジを色香で篭絡してみせたのだ。
もちろん悪女ピーチのこの言い分は到底なり立たない。なぜならリンダがナカジに抱き付くというのは普段のリンダの振る舞いからは考えられない出来事であり、ゆえにそこに何か重大な事情があるだろうことは明白だったと想像して然るべきだからだ。そもそもリンダが所謂スナナレ会の誰かの家を訪ねてくるということ自体がこれまでにはなかった出来事である以上、リンダが何かを心に抱え、何かを云いたい思いでいるだろうことは容易に推察されるはずだ。ゆえにあの場面においてナカジが選択すべきだった最も適切な行為は、切迫したリンダの話を聴いてやること、そのための前提としてピーチには帰ってもらうことだったはずだ。嗚呼!それなのに!狂女ピーチは逆の行為をナカジに要求し、愚かなナカジはそれを受け容れた。
リンダ以外の誰も彼もが何かしら悪人でしかないように思える。厳密に云えば、リンダもまた目的を達成するための手段としてセクハラ上司エリコからの淫欲を利用している一点において必ずしも善人とは云い難く愚かとしか云いようもない面を持ってはいるが、それでも、そこにおける自己犠牲の精神を、悪と断じるのは忍びない。他方、善良であるかに見えなくもないドクター(東方神起ジェジュン)でさえ、恋人の前で見栄をはって金銭的に困窮した挙句、妹の人生のことも省みず悪徳金融業者から借金をした点において、余りにも愚かであるとしか云いようがない。その上、劇中で一番の善人であると云うも過言ではないリンダが最も救いのない不幸に陥りつつあるとなれば、このドラマには今のところ救いが一つもない。