橋田寿賀子ドラマ渡る世間は鬼ばかり第十部第七話

TBS系。橋田寿賀子ドラマ「橋田壽賀子ドラマ渡る世間は鬼ばかり」。
最終部=第十部第七話。
小島眞(えなりかずき)は公認会計士の試験に見事合格したが、この快挙を、ドラマの一場面に相応しくドラマティクな仕方で祝福する最も感動的な役割を担ったのは意外にも、小島勇(角野卓造)でもなければ小島五月(泉ピン子)でもなく義理の兄の田口誠(村田雄浩)だった。それどころか、小島家ラーメン店「幸楽」の厨房における親子の祝福と感謝の場面は、この出来事の喜ばしさを理解する気なんか全然ない小島邦子(東てる美)の嫌味と我儘の言動によって冷水を浴びせられ、台無しになってしまったのだ。
このドラマの面白さと同時に難しさが、ここに端的に表れたと云えるかもしれない。なぜなら小島邦子と山下久子(沢田雅美)によるインターネット餃子店という構想を、少なくとも劇中では少しは成功の見込みのあるものとして描かれていると見てよいのか、それとも現実と同じく劇中でも成功するはずもないものとして描かれていると見てよいのか、なかなか見定め難いからだ。これは換言すれば橋田寿賀子という人がどこまで世間を知っているかという問題でもある。
劇中、小島勇は妹二人組が一攫千金を夢見て拵えたインターネット餃子店という計画を成功の見込みのない無意味な道楽と見ているが、多分、視聴者の多くも同じように見ていることだろう。実際に劇中でも小島勇と視聴者の予想通りになるのであれば、小島眞への家族の祝福の場を小島邦子が台無しにした事件は、インターネット餃子店とそれを計画した二人組の馬鹿さ加減を、極めて効果的に強調するだろう。なぜなら、難しい試験に合格した小島眞の努力を労い、将来性を祝福することを「くだらない」と断言した小島邦子のインターネット餃子店こそ、努力もなければ将来性もない「くだらない」浪費にしかならないのが明白だと云えるからだ。
だが、成功するはずのない甘い計画が案外あっさり成功してしまうことは、このドラマではよくあることだ。そもそも小島眞の合格もまたそうした甘い展開の一つではないか。小島眞でさえ東京大学にも公認会計士にも合格できたのだから、インターネット餃子店が繁盛しない道理がない…という話にもなりかねないのがこのドラマの性格でさえある。この場合、小島邦子による祝福の邪魔は、単に小島邦子が「鬼」のような人物であることを再認識させるための効果的な道具でしかなかったと見なければならなくなる。
小島邦子の事業は「くだらない」のか否か。意外に見定め難い。
他方、野田家における野田弥生(長山藍子)と野田佐枝(馬渕英俚可)との抗争には新展開があった。職場での不倫の恋に破れて義母との抗争に敗れた野田佐枝は仕事を辞して専業主婦に戻ったが、仕事の楽しさ、金を稼ぐことの心強さを知ってしまった今では、かつてのようには家事に意欲を抱くことができず、どうしても不機嫌な顔で日々生活することにもなっていた。野田弥生は今度はそのことを心配し、恐らくは不満をも感じたようだ。野田佐枝に対して今度は、再び外に出て働くことを勧め始めた。
忘れてはならないことは、野田弥生が野田佐枝に仕事を辞めさせたのは結果としては正しかったということだ。なにしろ野田佐枝が仕事とか残業とか称していたことは実は職場の長との不倫の恋でしかなかったのだ。残業を辞めさせて、その結果として仕事をも辞めさせるに至ったのは、救いようもない破局を未然に防止することに繋がったわけだ。だからその点に関しては野田佐枝は野田弥生に感謝してもよい位だろう。
それでもなお、仕事を辞めさせた直後に再び仕事を始めるように勧めるというのは流石に支離滅裂な行為であると云われざるを得ない。これに加えて、野田佐枝の側の事情を考えてみれば、医療事務の仕事をしていたとき何時も明るく元気だったのは職業人として有能だったからではなく単に病院長との不倫の恋が楽しかったからでしかないわけで、従って、あのときの活力を取り戻そうと思うなら、再び不倫の相手を見つけてその人の職場へ雇用してもらわなければならないだろう。そんなことできる道理がない。職業人としての生活を再開してはどうか?と野田弥生に勧められたとき野田佐枝が何とも辛そうな顔をしていたのはそのゆえに他ならない。