SPEC第九話

TBS系。金曜ドラマ「SPEC(スペック) 警視庁公安部公安第五課未詳事件特別対策係事件簿」。第九話。
先週までの八話も面白かったが、今宵のはそれらとは比較にもならないとさえ思える程に見せ場に富んで熱気に満ちた話だった。当麻紗綾(戸田恵梨香)が何時ものフザケた口調で何時になく真剣な思いを表出したのも実によかったが、何よりも迫力を生み出したのは、野々村光太郎(竜雷太)の、刑事としての永年の経験に裏打ちされた信念の表明であり、また、一十一[ニノマエジュウイチ](神木隆之介)の、何かを置き去りにしてきたかのような狂気の暴走だったと云える。
野々村光太郎の見せ場は極めて多くあったが、静かに印象深かった場として、彼の「これは、人間の可能性を信じる者と、閉ざそうとする者との戦いってことだね」という言葉に、当麻紗綾が「良いこと云いますね。遺言みたい」と応じたとき、彼が「遺言か…。死ぬのか、わし…」と呟いたところを挙げたい。思うに、このとき彼は既に殉職を覚悟しつつあったのではないだろうか。
なぜなら彼は一十一との決闘の瞬間、「勝てるかどうかは問題じゃない。負けると解っていても、心臓が息の根を止めるまで直走る。それが刑事だ」と云い放ったが、これは彼が、刑事という仕事のために捧げてきた永い人生の中で胸中に抱き続けてきた信念そのものだからだ。
この「心臓が息の根を止めるまで、真実を求めて直走れ。それが刑事だ」という信念は、彼の下で現場の刑事として修業したことのある警視庁刑事部捜査一課の馬場香(岡田浩暉)や、鹿浜歩(松澤一之)を通して、彼の下で働いたことのない若い猪俣宗次(載寧龍二)にまでも受け継がれていた。
一十一を暴走させたのは、今宵の話を見る限りは一応、彼を使役していた組織への怒りにあると解することができるが、狂気の暴走を可能にした条件は、彼の記憶における何か重大な部分の欠如にありはしないかと想像できるかもしれない。(1)彼と当麻紗綾との間には、互いの過去の罪に関して互いに決して相容れることのない重大な記憶の相違があるらしいこと、しかもそこには奇妙な類似性も認められることが、先週の第八話において既に描かれていた点から、そうしたことが想像されるが、同時に、(2)他人の記憶を改竄できる「SPEC」の所有者の力によって、彼の母、一二三(篠原恵美)の記憶から不都合な部分が消去された結果、何かしら余りにも単純な状態になり過ぎているかのように見受けられる点からも、そのように連想される。
それにしても、一十一の狂気をこのように美しく演じることができるのは神木隆之介の他にはいないだろうということを今宵つくづく思った。