橋田寿賀子ドラマ渡る世間は鬼ばかり第十部第九話

TBS系。橋田寿賀子ドラマ「橋田壽賀子ドラマ渡る世間は鬼ばかり」。
最終部=第十部第九話。
小島五月(泉ピン子)が実家の高級料理店「おかくら」を訪ねて、一人の若い女子を新たに雇用してはもらえないかと相談した。小島五月にとってとても大切な人であるその女子は、もともとは良家に育ってよく躾けられて礼儀を弁え、性格もよいが、現在は、脳梗塞で寝たきりになった父親と二人で貧しい生活をしていて、一人で、看病をしながら働いて家計を支え、家事も全て取り仕切らなければならなくなっているのが甚だ気の毒であり、何とか救いの手を差し伸べてやれないかと思っている…というのだ。
その女子というのが実は、小島眞(えなりかずき)の婚約相手だったこともある上、一度は「おかくら」で働いたこともある大井貴子(清水由紀)に他ならぬことは、現時点では「おかくら」の人々には伏せられたままだが、それでも、大概のことには寛大な店主の岡倉大吉(宇津井健)と富裕な青山タキ(野村昭子)は、小島五月がそこまで大切に思っている娘であれば信用して大丈夫だろうと判断し、歓迎する旨を述べた。その娘の正体が大井貴子であると知れば、歓迎の意はさらに高まることだろう。
気になるのは、若き料理人の森山壮太(ジャニーズJr.長谷川純)が、自身もかつて寝たきりの父親の看病をしながら働いた経験があることから、その女子のために色々助言し協力することもできるはずであると自信満々発言したことだ。実に頼もしい雰囲気だったが、なるほど、確かに彼の云う通りだ。彼は経験者だ。だが、吾等視聴者が想起せざるを得ないのは、かつて大井貴子が一時期「おかくら」で働いていたとき、森山壮太とは極めて仲のよい仕事仲間だったことだ。「お似合い」と云ってもよいだろう。彼は真面目な職人で、料理のこと一筋、岡倉大吉への奉公を第一に考える職業人ではあるが、まだ二十歳代半ばの若者であり、しかも地味ながらも所謂「ジャニーズ系」の容姿も具えている。介護での協力関係を機に、彼が大井貴子とよい仲になったとしても、彼を責めることなど誰にできようか。
嗚呼!何ということだろうか!ここに来てまさか森山壮太が物語のキャスティングヴォートを握ることになるだなんて、誰に予想し得たろうか。この期に及んで途轍もない爆弾を仕込んできた(と思われる)橋田壽賀子の構想力には敬服のほかない。
今回は演技や演出の点でも目覚ましいものがあった。珍しく屋外での撮影が行われたことから何時になく臨場感のある映像表現が見られたことも特筆すべきだろうが、それ以上に素晴らしかったのは、今宵の冒頭の、小島眞との会話における田口誠(村田雄浩)の長大な台詞。これまでの物語の経緯を全て劇中の人物の台詞の中で説明し尽くしてしまおうとするのは橋田壽賀子のこのドラマでは馴染みの手法だが、劇中の人物の台詞に収納し切るよりはむしろ本来ナレイションに任せて然るべきであるような余りにも懇切丁寧に説明的で充実した長大な詞を、単なるナレイションの代替物にすることなく、あくまでも感情のこもった「台詞」として表現し切った村田雄浩の力量には一寸感服した。そしてもう一人、大井貴子の父親、大井道隆(武岡淳一)の驚きや感激や怒りの表情も素晴らしかった。