旅行記-讃岐金刀比羅宮
休日。朝それなりに早く起きたので、今日もまた今治の波止浜の近くにあるらしい大浜八幡神社にでも行こうか…と思案したが、突然、讃岐の金刀比羅大権現へ参拝に行くことを思い立った。
午前十時五十分発の高速バスで松山市駅から善通寺へ。金蔵寺駅から電車に乗って、琴平駅へ到着したのは昼一時二〇分。ウドン店で昼食を済ませたあと、長く長く続く石段を登り続け、途上に見える諸神にはなるべく拝礼するように心がけ、さらに登り続けて本殿に到着したのは午後三時。讃岐金刀比羅宮の石段の長さ、高さが凄いという話は予て聞いてはいたが、ここまで凄いとは予想できていなかった。
本殿から少し離れたところに絵馬堂があったが、流石に古い貴重なものは収蔵庫にでも移動してあるのだろう。さらにそこから少し離れた場所には極めて現代的ながらも優美な社殿と庭があるのが見えた。
参拝を済ませて石段を下り、その途中、表書院で森寛斎、円山応挙、村田丹陵の手になる襖絵の数々を拝見。建築にも庭にも風情があって、時間の余裕があれば暫し寛ぎたい気分だったが、時間がないので直ぐに退出し、次いで宝物館の脇にある蔵で開催されていた高橋由一作品展を拝見。明治初期の油彩画の最高水準を示していると云うも過言ではない《読本と草紙》や《豆腐》、《鱈梅花》をはじめ傑作揃いの約二十点。私的に特に心惹かれたのは明治十年の作《墨堤桜花》。
宝物館には、狩野探幽守信、狩野尚信、狩野安信の三兄弟が描いて水戸徳川家御連枝の讃岐高松侯松平頼重が慶安元年八月に奉納した《三十六歌仙図》全部が展示されていた。
金刀比羅宮の石段を下り終えたのは夕方四時二十分頃。琴平駅へ急ぎ、四時四十八分に発って多度津駅へ。そこで五時二十五分発の特急電車に乗り換えて、松山駅へ帰り着いたのは夜七時二十五分頃。流石に疲れた。金刀比羅宮は日帰りで行くべき場所ではなく、せめて一泊して、温泉やウドンを楽しんで然るべきであるということを今後の教訓として得た。