美しい隣人第五話
フジテレビ系(関西テレビ)。ドラマ「美しい隣人」。第五話。
東京の外れの、しかし東京からは果てしなく遠くにありそうな、田舎のような美空野町の郊外の、樹齢二三百年かありそうな大きな樹のある広大な公園で、何時ものように野良猫に餌を与えていた無口な謎の青年、「リオくん」こと松井理生(南圭介)と、謎の女、マイヤー沙希(仲間由紀恵)との会話。
公園を通り過ぎようとしたマイヤー沙希の前に立ちはだかった松井理生は「どこ?」と訊ねた。謎の質問だが、マイヤー沙希はそれが「これからどこへ行くの?」の意であることを瞬時に理解できた。謎だ。そして大阪へ行くことを答えたマイヤー沙希に、松井理生は「よくないことしてるだろ?」と極めて鋭い質問を浴びせ、「なんでよ?」と訊き返したマイヤー沙希に、彼は「楽しそうだから」と答えた。
漫才みたいな遣り取りだが、意義深い。なぜなら松井理生はマイヤー沙希が「楽しそう」にしているときは「よくないことしてる」ときであるに相違ないと確信できているからだ。どうしてそのように確信できたのか。確信の根拠を何か掴んだのか。
恐怖の感情を生じる原因の一つに、不可解ということがあるだろう。例えば、物音のあるはずのない場所で物音があれば、そのことは人に恐怖の感情を惹き起こすだろうが、それは物音それ自体が怖いからではなく、物音の原因が不可解だからに他ならない。矢野絵里子(檀れい)がこのところ己の身に立て続けに降りかかってきた幾つもの事件や異変に恐れを抱かずにいられないのは、それらの原因も意味も理解できないでいるからだ。
同じように、このドラマの視聴者がこのドラマを見ていて恐怖を感じるとすれば、いかにも恐ろしげな映像の効果によるだけではなく、むしろ矢野絵里子を恐怖と不安に陥れてきたそれらの事件や異変の殆ど全てを仕掛けてきたと目されるマイヤー沙希の、それ程にも深い悪意の意味を、動機を、未だ全く理解できないでいるからだろうが、さらに加えて、マイヤー沙希の悪意の存在に早くから気付いていた松井理生がどのような人物であるのか、何を考えているのかを全く理解できないでいるからでもあるだろう。敵も味方も謎めいていては安心できる余地がどこにもない。
それにしても矢野絵里子と矢野慎二(渡部篤郎)の夫妻は二人揃って余りにも油断し過ぎている。「もしわたしが絵里子さんを裏切ったらね、殺しちゃってもよいから」というマイヤー沙希の言は凄まじいが、これ程ではなくとも、予てマイヤー沙希は不気味な言動を連発してきたわけで、それでもなお矢野絵里子がマイヤー沙希を遠ざけるどころか、ますます心を許してきたのは、余りにも迂闊なことだと云わざるを得ない。夫の矢野慎二も、単身赴任先の大阪における浮気相手の「絵里子」=マイヤー沙希が、まるで東京の矢野絵里子のことを把握しているかのような言動を発してきたのに、マイヤー沙希との浮気を止めようとしないのも迂闊なことだ。