渡る世間は鬼ばかり第十部第四十二話

TBS系。橋田寿賀子ドラマ「橋田壽賀子ドラマ渡る世間は鬼ばかり」。
最終部=第十部第四十二話。
八月の中旬にその前後を含めた期間は「盆」と呼ばれ、寺院へ参る等の行事に多くの人々が奔走する。毎年この時期に新幹線や飛行機が混雑するのは実にそのために他ならない(…と云ってしまうのは現実から余りにも乖離しているだろうか?)。そのようなわけで今宵のこのドラマも、岡倉家や小島家や野田家や、それらの周辺の人々それぞれの盆の迎え方、過ごし方を描くことに一話の過半を費やしたと云える。
そうした中でも小島眞(えなりかずき)の色恋物語には、季節とは何の関係もなく、極めて重要な進展が見えた。
小島眞の友人として、小島眞と大井貴子(清水由紀)との恋を成就させたいと願望して今まで努力してきた森山壮太(長谷川純[ジャニーズJr.])が、小島眞の交際相手を自称していた長谷部まひる(西原亜希)に接触し、小島眞と大井貴子との恋路を邪魔しないで欲しい旨を伝えたのだ。このことは二つの重要な効果を生んだ。
(1)長谷部まひるは先日、大井貴子と直に接したことで大井貴子と己との差の大きさを思い知るに至っていた。小島眞と己との恋なんて、本来あり得ないのではないかと思うようになっていたのだ。森山壮太からの今回の介入には流石に反発を感じないではいなかったとはいえ、この介入にも一理はあるとも思わざるを得なかった。もともとが祖母の長谷部マキ(淡島千景)を安心させるだけのための偽装の恋人でしなかった上、これが嘘であることも既に祖母には露見した。嘘か真かも曖昧な奇妙な芝居をいつまでも続けても、話が混乱するだけだ。結果、長谷部まひるは小島眞との偽装の恋をこれで終わりにすることを潔く決意した。
他方、(2)長谷部まひるは森山壮太に心惹かれ始めた。だが、これは決して唐突な心の変化ではない。長谷部まひるが初めて目にした森山壮太は、大井貴子の恋心を踏みにじる小島眞に対して激しく怒っていた人物であり、長谷部まひるはそこに恋する男の真直ぐな情を見出していたろう。次に長谷部まひるが見た森山壮太も、大井貴子を冷酷な女として語った長谷部まひるに対して反論しようとした人物であり、長谷部まひるはそこに、胸中に恋心を秘めた男の激しい純情を見出したことだろう。そうした真直ぐな情熱を、長谷部まひるは好ましく見ていたように見えた。しかも、その直後、長谷部まひるは彼の別の側面をも発見した。高級料理店「おかくら」の板前として料理道に打ち込み、斬新で美味な料理を拵える若き職人としての側面を知ったのだ。有馬の温泉旅館の女将の娘として生まれ育った長谷部まひるにとって、森山壮太のそのような側面は輝かしく頼もしく好ましく見えたに相違ない。そして今回、長谷部まひるは森山壮太と会って話し合った中で、彼が裏表のない純情の人であり、献身の人であり、しかも料理への愛においても純粋な、生まじめな職人であることを確信できたのだ。心惹かれて当然だ。
こうして長谷部まひるは潔く小島眞に別れ話を切り出すことができた。小島眞と別れる以上、小島眞の周辺の人々とも別れることを覚悟しなければならない。小島家ラーメン店「幸楽」や料理店「おかくら」にも容易には行けなくなる。そのことに名残惜しさがないわけではなかったが、実のところ、この名残惜しさの情の核をなしていたのは、森山壮太に会える場や機会を失った寂しさにこそあったようだ。寂しさのゆえに酒を飲み過ぎて泥酔した長谷部まひるが寝言の内に名を挙げたのは、小島眞ではなく、森山壮太だったからだ。兄の長谷部力矢(丹羽貞仁)はそれを聞き逃しはしなかった。
興味深いのは、長谷部まひるのこの別れ話によって、小島眞の卑屈な姿勢が改めて強調されてしまった点だ。大井貴子と長谷部まひる両名に対する小島眞のこれまでの接し方は、事実上の「二股」だったのだ。口先では己の本当の恋人として常に大井貴子の名を挙げておきながら、心の底では、大井貴子との関係が修復できなかった場合には長谷部まひるに乗り換えることをも想定していたのだ。だから長谷部まひるから潔く別れ話を切り出されたときの彼は全く納得できない様子だった。
しかも、この点において小島眞は森山壮太の真直ぐな純情と徹底的に対比されている。森山壮太は友や恩師や片想いの相手に対して純粋であると同時に、生業である料理に対しても純粋であると見えるが、対する小島眞は友や恋人に対して純粋ではないばかりか、公認会計士という仕事に対しても純粋ではないのが自明だからだ。