仮面ライダー鎧武第二十話

平成「仮面ライダー」第十五作「仮面ライダー鎧武」。
第二十話「世界のおわり はじまる侵略」。
物語の前半が終わろうとする中、今回の話は分岐点をなしていると見受ける。物語を起動させる設定でありながら今までは秘されてきた真相が明らかにされた中で、その真相に対する主要な登場人物の態度が描き分けられたからだ。
明かされたのは、ヘルヘイムの森とユグドラシルとの関係。真相を明かしたのは、葛葉紘汰(佐野岳)に対しては呉島貴虎(久保田悠来)で、駆紋戒斗(小林豊)に対しては「プロフェッサー凌馬」こと戦極凌馬(青木玄徳)であり、この分担には狙いの違いが表れていた。
ヘルヘイムの森とは何か?それがどこか別の惑星であるのか、それとも時空を超えた平行世界であるのかは、それを究明しようとしているユグドラシルにも実は未だ判明していない。しかし確実に云えることは、そこには昔は、地球上の現在の世界と同じように高度な都市文明社会があったにもかかわらず、どこからか侵入してきた「外来種」としてのヘルヘイムの植物の凄まじい繁殖によって短期間に覆い尽くされ、滅亡したということだ。そこに生きていたはずの人類を含めた動物は皆、インベスに変化したと見られる。そしてそれは今や、現在の地球上の世界にも侵入し始めている。
この危機に対処すべく研究を推進してきたのがユグドラシルだった。その組織は今や巨大化した挙句、「多国籍企業」の体裁を取ってはいるが、その核は実はヘルヘイムの森を対象とする研究機関に他ならない。
研究を進める中でユグドラシルは沢芽の街に目を着けた。そこが世界中で最も頻繁にクラックの発生する地域だからだった。頻発には原因があった。古き良き有機社会としての沢芽の街には昔、鎮守の森があり、その中心には高司神社によって祀られる巨大な御神木があって地域の人々の信仰を集めていたが、実はそれがヘルヘイムの果樹だったのだ。遠い昔に、どこからか侵入し、巨木化していたのだ。
そこでユグドラシルは巨大な経済力を背景に沢芽の街に進出し、街の経済を活性化して経済成長させて「沢芽市」という立派な地方都市に発展させると同時にその実権を掌握し、悠然と高司神社を潰して鎮守の森を消滅させつつ、御神木をそこから持ち去って社内の研究所内に確保し、大型のクラックとしてそれを利用し、研究に活用してきた。
ユグドラシルの目下の目的は、ヘルヘイムの森による世界への侵略に抵抗するため、武器を開発して防衛することにある。もちろんヘルヘイムの植物の繁殖を完全に止める方法(それどころか、むしろその力を利用する方法)が見付かるのが望ましいのだろうが、なにしろヘルヘイムの森が何であるのかは未だ判明していない段階にある以上、今は侵入を止めて繁殖を予防するしかないのだろう。もっとも、クラックの発生は沢芽市内で世界一頻繁ではあるとは説明されたが、このことは同時に、沢芽市外に発生がないわけではないことを示唆する。そうであるなら沢芽市外の、世界中のクラック発生は放置されているのだろうか?と考えるに、多分、ユグドラシルが全て対処しているに相違ない。なぜならユグドラシルは国境を超えて世界のどこにでも侵入できる「多国籍企業」、グローバル企業であるからだ。
以上のような真相を知るとき、ユグドラシルが人類の未来を守ろうとして戦っているのであるという呉島貴虎の言は、なるほど、信頼に値するように思われる。しかし葛葉紘汰には納得できない点が一つある。呉島貴虎もユグドラシルも、この重大な事実を隠蔽したまま隠滅しようとしているのは何故か?という点だ。真実を公表した上で皆で団結して戦うべきではないのか?と葛葉紘汰は考えているわけだが、呉島貴虎は(そしてユグドラシルは)そのようには考えていない。なぜなら、世界が滅亡するかもしれないと悟ったとき多くの人々は絶望して世界の秩序を放棄し、破壊し、結果としてヘルヘイムによる侵略を待つまでもなく自ずから、自ら世界を滅亡させかねないと恐れるからだ。エリートである呉島貴虎は民衆を全く信用していない。民衆の一人であり素直な「こども」でもある葛葉紘汰が愛する街の人々皆の団結を素朴に信じていることとの間には乗り越えがたい懸隔があり、相容れない。
とはいえ呉島貴虎がこの世界を愛し、守りたいと思っているのも間違いない。彼の弟の呉島光実(高杉真宙)もその点では一致し得る。呉島光実は既に、ユグドラシルの新たな幹部の一員として、黒影トルーパーを率いて働き始めている。呉島光実は大切な友である高司舞(志田友美)や葛葉紘汰と一緒に過ごすことのできる幸福な時間を何としても守りたい。葛葉紘汰は愛する街の人々を守りたい。呉島貴虎は現行の世界の秩序を守りたい。守りたい対象の範囲や性格はそれぞれ異なるように見えるが、何れにしても、現在ある世界を守るために戦う意志を有しているのは間違いない。
駆紋戒斗はそうではなかった。なぜなら彼の愛する世界は既に破壊されてしまったからだ。
御神木と高司神社を抱く鎮守の森を中心にして自然に形成され、信仰と祭礼の伝統に彩られながら営まれてきた有機社会としての沢芽の街。そこにおける長閑で満ち足りた幸福の日常。そのローカルでナショナルな生活は、グローバル企業ユグドラシルの侵略によって破壊されたのだ。駆紋戒斗はそれを許せない。彼には今は守りたいものなんかない。この世界を守りたいどころか、むしろ破壊したいとさえ考えている。破壊したい相手はユグドラシルであり、ユグドラシルがこの世界を守ろうとしているのであるなら、ヘルヘイムの森によるこの世界の破壊に乗じて己の志を遂げたいとまで思わずにはいられない。
だから駆紋戒斗は力しか信じようとはしないわけだが、このことは戦極凌馬の期待に沿うことであるらしい。戦極凌馬だけではなく、湊耀子(佃井皆美)やシド(浪岡一喜)の考えとも一致し得るところであるらしい。何故か?その事情は流石に今回は明かされなかったが、一つ確実に云えることは、戦極凌馬も、湊耀子も、シドも、それぞれの思惑があるにしても何れにしても呉島貴虎とユグドラシルの計画には賛成してもいないにもかかわらず、ユグドラシルの計画に賛同して参入して、利用して、その力を掠め取ろうとしているらしいということだ。云わばユグドラシル内部のユグドラシルの敵ではないのか。果たして駆紋戒斗は彼等に寄り添うのだろうか。
ところで。今回の話で印象深かったのは、新「バロン」のザック(松田岳)とペコ(百瀬朔)の大奮闘だろう。あいかわらず街中にはインベスが出現して人々に襲い掛かろうとしている中で、ザックはアーマードライダーナックルに変身して複数のインベスを相手に戦い、ペコも得意のスリングショットでインベスを挑発して隙を作り、ザックの戦闘を巧みに助けた。実に見事なコンビネイションだった。
しかるに旧ビートライダーズの若者に対する街の人々の敵意は今なお完全に解消されたわけでもなく、ザックとペコの大奮闘によって助けられた人々はザックとペコに感謝するどころか、八つ当たりで怒りを打つけた。さらに酷いのは鳳蓮・ピエール・アルフォンゾ(吉田メタル)と配下の城乃内秀保(松田凌)で、ザックとペコに対する人々の敵意を煽るばかりだった。
この愚かしい様子を見れば、呉島貴虎が民衆を全く信用しようともないのは正しい判断であると云わざるを得ない。