小説ハイ☆スピード!2における鴫野貴澄の発言と七瀬遙の読解
おおじこうじの小説『ハイ☆スピード!2』の終盤における極めて印象深い場面の一つとして、水泳の試合からの帰途、岩鳶中学校水泳部と応援の人々が大いに盛り上がっていた列車内で七瀬遙と鴫野貴澄の交わした短い会話が挙げられよう。
椎名旭と桐嶋郁弥を中心に皆が騒いでいる様子を観て溜息をついた七瀬遙の横に来た鴫野貴澄が、いつも喧嘩ばかりしている椎名旭への密かな「あこがれ」を語る場面。爽やかな美男子で女子たちに大人気の鴫野貴澄が、暑苦しい「バカ」で女子たちに敬遠されている椎名旭を、誰よりも真直ぐに見詰めていて、その真の魅力を見出していたというところが面白い。
しかし、この発言の真価は、読解力に秀でた七瀬遙によって明らかにされている。鴫野貴澄の意外な言に接して驚いた七瀬遙は心の中で「まっすぐ自分を見つめることの難しさに、貴澄はまだ気付いていないのだろうか」と呟いたのだ。鴫野貴澄が椎名旭に憧れるのは「ぼくにないものをいっぱい持ってる」からだが、このことは鴫野貴澄が自分自身に何がないのかを真直ぐ見詰め得ていることを物語る。「自然体の旭」を見出した鴫野貴澄は「まっすぐ自分を見つめる」という難しいことをあっさり「自然体」のままになし得ているのであり、七瀬遙はそのことに驚いたということでもある。実際、七瀬遙は「まっすぐ自分を見つめることの難しさ」のゆえに悩み続けてきたのだ。
面白いことに、映画「ハイ☆スピード!」では、この「まっすぐ自分を見つめること」こそは七瀬遙のみならず橘真琴、桐嶋郁弥、椎名旭それぞれの抱える難問の本質になっていた。そして四人がそれぞれなりに自分を見詰め始めたとき、四人はそれぞれなりに前へ向いて歩み始め、新たな、最高のティームを創り出すことにもなった。
椎名旭が自分自身を見詰め直して、自身の難問の解決を予感し得たとき、「まっすぐ自分を見つめることの難しさ」を克服し得たことに感心していたのは橘真琴であり、云わば、小説における七瀬遙の役割が映画では橘真琴に代わったわけだが、この変更には肯ける面がある。なぜなら映画における橘真琴は、七瀬遙への自身の思いを再認識するのみならず完全に肯定できるようになるまでの間、大いに苦悩していたから。
橘真琴から感心された瞬間、椎名旭は自身の問題が「まっすぐ自分を見つめることの難しさ」にあったこと、そしてそのことを早くから指摘してくれていたのが町立の図書館で遭遇した「メガネ」(=竜ヶ崎怜)であることに気付いたわけだが、実のところ、あの竜ヶ崎怜の一言がそこまで重要な意味を持つことになろうとは、多分、椎名旭ばかりか映画館の鑑賞者たち皆も予想していなかったのではないだろうか。