義経

NHK大河ドラマ義経」。滝沢秀明主演。第二十五話。
旭将軍、木曽冠者=源義仲小澤征悦)の最期。宇治川の渡河作戦を決行する源九郎義経滝沢秀明)の騎馬姿は実に颯爽としていたが、残念だったのは、予想通りのこととはいえ宇治川先陣争いの場が省略されたことか。梶原源太景季(小栗旬)の最高の見せ場になるはずだったのに。彼と先陣争いを繰り広げたはずの佐々木四郎高綱に至っては名前しか出てこなかった。木曽義仲の最期をどう描くのか?というのも楽しみの一つだったが、やはり巴御前小池栄子)との訣別に力点が置かれ、義兄弟の今井四郎兼平(古本新之輔)との合流のドラマが描かれなかった。それが残念だったが、普段は何とも思わない鎧を妙に重く感じるという木曽義仲の台詞は登場した。
他方、源九郎義経後白河院平幹二朗)と寵臣の丹後局高階栄子(夏木マリ)を無事救出。登場した武者たちが敵なのか味方なのか判然としなかった間、両名とも怯えていたが、実は鎌倉勢であると知るや、丹後局が威儀を正したのが面白かった。そして義経の華麗な武者姿を見詰める院の目付きは好色そのものだった。流石だ。
鎌倉軍の搦め手の武将たちが院庁に集結したとき、丹後局は九郎義経との会話の中で、義経が都の生まれである件について、彼の母の常盤御前稲森いずみ)がもともと九条院雑仕だったことに言及した。かの平治の乱の時代の政界における九条院呈子の宮廷の存在感の大きさを確認することは史学方面では常識化していると見えるが、このドラマでは一切その件には触れてこなかった。その意味では新鮮だった。かつて四月三日放送の第十三話でのことだったか、以仁王岡幸二郎)が源三位入道頼政丹波哲郎)に対し高倉院(馬場徹)打倒のため挙兵を命じたとき、その「令旨」を各地の源氏に伝達する役割を担うことになった新宮十郎=源行家大杉漣)に対し八条院蔵人を命じるという形で、八条院翮子の宮廷の存在感がドラマ中に触れられたときの新鮮味を想起させる。また、三条の金売り吉次(市川左團次)の仲介で義経常盤御前を訪ねる夜、大蔵卿一条長成蛭子能収)が再会を嬉しそうにしていたが、一条長成の子の一条能成が義経を兄として慕い、のちに義経が鎌倉殿に反抗し武装蜂起したときにも一緒に行動していたことを踏まえるなら、この大蔵卿が義経を吾が子のように思っていたのも肯ける。
木曽軍が都を退いた直後に鎌倉軍が都に入ったことで、平家の都への復帰は絶望的になった。木曽軍がもう少し早めに手を打って平家と和睦していれば入洛できていたはずなのに。そのことについて従一位内大臣平宗盛鶴見辰吾)より報告を受けた従二位尼平時子准后(松坂慶子)の悲しそうな、悔しそうな表情。見ていて本当に気の毒になってくる。平時忠室領子(かとうかずこ)も悔しがってはいたが、二位尼のような絶望の表情ではなかったところを見ると、なお事態の深刻な意味を正確には理解できていないのか。夫の正二位権大納言平時忠(大橋吾郎)は元来が武門の出身ではないから仕方がない。反対に事態を正確に把握しているのは従二位権中納言平知盛阿部寛)と従三位左近衛権中将平重衡細川茂樹)だが、両名ともあくまでも内大臣宗盛を兄として立てようと努めていた。
凱旋する源九郎義経を見詰める京の民衆。源氏の御曹司の晴れやかで涼やかな容姿に皆が熱狂していた。中で一人、複雑な表情だったのが野生児うつぼ(上戸彩)。永年の片想いの、憧れの義経が今や都の人々皆を夢中にさせる国民的アイドルとなったのだ。愛する人の大躍進は嬉しいだろうが、それだけ手の届かないところに行ってしまったということでもあるのだから複雑な表情になるのは必然だ。無名アイドル候補生を熱心に応援したファンの、そのアイドルが大人気を得たときに抱く複雑な思いを連想すべきだろう。