大河ドラマ風林火山第十七話

NHK大河ドラマ風林火山」。原作:井上靖。脚本:大森寿美男。音楽:千住明。主演:内野聖陽。演出:田中健二。第十七回「姫の涙」。
毎回このドラマには様々な見所があり見応えがあるが、今回一番の見所は、私見では、逃走中の由布姫(柴本幸)が浪人衆に襲われそうになったところに山本勘助内野聖陽)が急いで駆け付け救出に来た場面だった。騎馬姿の颯爽としていたこと!数人の乱暴者に一人で斬りかかり不器用にも激しく戦い抜いた姿の力強かったこと!あの少々不恰好にさえ見えた必死な武者の姿を見て、救われた姫が心動かされなかったはずがない。あの余りにも必死で少々不器用でさえあった彼の姿はその微妙な格好悪さのゆえに最高に格好よかった。
とはいえ彼のあの必死の姿の裏面には、必死になるだけの理由があった。彼はあの直前までは、摩利支天の御守を携えた姫を何とか助けたい一心で、甲斐の武田家の躑躅ヶ崎館から遠く離れた戦場で、云わば現場の判断による「超法規的措置」を断行しようとしていた。しかるに彼の崇拝する主君、武田晴信市川亀治郎)は、身は遠く離れていようとも彼の意を汲んでくれたのか、摩利支天の姫を確実に救い得る最善で唯一の道を選び抜いてくれたらしいのだ。そのことを知った勘助は、主君の情と理に改めて感動し感謝し、姫に対する密かな想いを秘めながら馬に乗り、疾走した。ここにおいて彼は、己の超法規的措置=違法行為が今や主君の命により合法化されたのを喜びながらも同時に、己の超法規的な現場の判断が行き過ぎて不幸な事態をも出来しかねなくなってしまったことを心から悔い、それを何とか糊塗しようとして必死だったのだ。主君の不在の現場にあって現場監督として判断を迫られた者ならではの、組織人の悲哀のようなものさえ、漲っていたと云えるかもしれない。戦国時代は決して無法の時代ではなかったからだ。
飯富虎昌(金田明夫)は栄華の絶頂を迎えつつあるのを感じていたが、その瞬間に同時に、主君の近習として出世の道を歩みつつあった弟の飯富源四郎(前川泰之)からは何とも不穏な噂を聞かされた。ここにもまた組織人の悲哀があったと云えるかもしれない。
飯富源四郎に関して面白かったのは、由布姫の処遇の件で、勘助をも含めた家臣たち皆の予想し得なかった指示が晴信から板垣信方千葉真一)へ下されたとき、背後にいた飯富源四郎と春日源五郎田中幸太朗)の近習二人が目を見合わせて驚いていたところだ。あのとき両名は驚き自体を共有してはいたが、その驚きの中身には微妙な違いがあったのかもしれない。