武田晴信と春日源五郎の恋について

ところで。
武田晴信=武田信玄の人物像を語るとき今や必ずのように引き合いに出される史料と云えば、春日源助(のちの香坂弾正)に宛てた晴信二十六歳の書状(東京大学史料編纂所蔵)だろう。それは弥七郎との浮気を疑われた晴信が源助に対し、弥七郎とは何もしていないこと、己の愛するのがあくまでも源助一人だけであることを誓ったものだが、その文中には一部、何とも理解し難い部分があった。「弥七郎に頻りに度々申し候へども、虫気の由申し候間、了簡なく候、全く我が偽りになく候事。」(弥七郎には何度も云ったが、腹の調子がよくないようで、どうしようもなかった。嘘ではない。)という文言がそれで、従来これは「何度も口説いたのは確かだが、腹の調子がよくないと云うので未遂に終わった。嘘ではない」と解されてきたわけだが、恋人の浮気に怒る相手にこんなことを書き送ったら火に油を注ぐことにしかならないのは火を見るより明らか。意味が解らぬ!と思っていたのだが、本年三月刊行の岩波新書武田信玄と勝頼-文書にみる戦国大名の実像』において鴨川達夫東京大学史料編纂所助教授は新解釈を提案していて、実に説得力がある。その説によれば、この書状の前段階として(一)晴信と弥七郎との浮気が発覚し、(二)源助は晴信を問い詰めたものの疑念が晴れないので、(三)源助は弥七郎を問い詰めて真相を吐かせようと思ったが、(四)晴信は弥七郎を匿い、源助の前に引き出そうとはしなかった…といったような展開があったのではないかと想像されるのだ。こう考えるとき「弥七郎に頻りに度々申し候へども」というのは「弥七郎には、源助の前に出てきて自ら釈明するよう粘り強く説得を試みたのだが」の意味になる。従って「虫気の由」の部分も「腹の調子がよくないのでケツを掘られるのは不安」といった生々しい意味ではなく、「体調不良で起き上がることもできない」といった程度の意味になるわけなのだ。なるほど実に説得力があるではないか。

武田信玄と勝頼―文書にみる戦国大名の実像 (岩波新書)