大河ドラマ風林火山第二十三話

NHK大河ドラマ風林火山」。原作:井上靖。脚本:大森寿美男。音楽:千住明。主演:内野聖陽。演出:東山充裕。第二十三回「河越夜戦」。
勝ち戦とは凧の如し!と述べた甲斐の武田晴信市川亀治郎)に対して駿河今川義元谷原章介)は最新兵器「種子島」を見せ、風任せの戦いようで新時代を乗り切ることができるのか?と冷笑した。確かに武田家は鉄砲を備えた織田家に敗北するだろうが、反面、新時代に乗り切れなかったのは今川義元自身だったのかもしれないのだから皮肉なことだ。しかも最終的に天下を制圧し得るのは、文字通り凧の如く風任せに、巧妙に状況を読み抜いて人事を操縦し勝ち抜いてゆく徳川家康であることだろう。如何に時代が移ろうとも根本の真理は揺るがないのかもしれない。
義元の問いに晴信が答えたとき、太原雪斎伊武雅刀)は微かに笑った。あの笑いはそのあとに来る主君の笑いと同じ意を含んでいたのだろうか、それとも晴信の見識に感服し、敵ながら天晴れであると思っての笑みだったのだろうか。後者であれば、そのあとの主君の笑いに対してはその意の浅はかであること、考えの単純であることをも内心で笑ったかもしれない。
今回は小田原の北条氏康(松井誠)の戦いが余りにも面白かった。臆病者と見せかけながら実のところ用意周到に準備を完了し、誰も予想できなかった奇策によって空前の大勝利を達成したのだ。しかもその奇策を可能にしたのは彼の人徳に他ならなかった。本間江州(長江英和)が父母の主君である関東管領上杉憲政市川左團次)を敢えて裏切ったのは北条氏康という人物に惚れ込んだからだった。彼は個人の信念において関東管領家を裏切り、同時に、父母への孝においては関東管領家のために戦って討死した。北条家の重臣、清水吉政(横内正)に討ち取られたのは本間には最も相応しい最期だったに相違ないが、討ち取った清水もまた自ら討った忠義の武士に対し深い敬意を表した。実に濃厚だった。
関東管領の陣中、真田幸隆佐々木蔵之介)に対し山本勘助内野聖陽)は武田家に味方するよう説得を試みた。真田の心は徐々に動きつつあるかに見えたが、その動き初めの瞬間は、勘助が武田家の軍師であると知ったときにあった。勘助のような一介の怪しげな浪人をも軍師に取り立てる晴信の度量を知って動揺したのだ。そして晴信の度量と極度の対比を見せたのは真田の今の主君である関東管領上杉憲政。まさしく「風」を読もうともしない頭の硬さ。真の忠臣と云うべき怜悧な長野業政(小市慢太郎)からの価値ある諫言の数々を全て退け、己の意に沿うばかりの倉賀野直行(大門正明)や妻鹿田新介(田中実)からの耳障りのよい言のみを受け容れた挙句、惨めな大敗北を喫した。室町幕府の黄昏を象徴するような負け方だった。
北条氏康軍は関東管領上杉憲政を破ったのち、北条家の河越城を包囲していた扇谷上杉朝定(竹本純平)をも挟み撃ちにして破った。その鮮やかな勝利を見届けさせるため真田幸隆河越城へ伴った勘助は、その城を守り抜いた北条家の一員、福島彦十郎(崎本大海)の鉄砲で撃たれた。同じ頃、北条家の大勝利の報を晴信と板垣信方千葉真一)に伝えた春日源五郎田中幸太朗)は、勘助の行方不明、ことによると討死の可能性もあることをも報告するとき、泣きそうな表情になっていた。そもそも大勝利の吉報を伝える晴れやかな役目にもかかわらず彼の表情は初めから暗かったのだ。