大河ドラマ風林火山第二十七話

NHK大河ドラマ風林火山」。原作:井上靖。脚本:大森寿美男。音楽:千住明。主演:内野聖陽。演出:東山充裕。第二十七回「最強の敵」。
次週の予告編を見た者は誰でも、あの庵原之政(瀬川亮)に倣って「武者震いがするのお!」と云わざるを得なかったろう。次週の盛大にドラマティクな展開へ向けて二人の英雄それぞれの情念の高まり、決意、覚悟の程を描き出した。その興奮度の高い描写の合間にあった他の人々の描写も、ドラマの全体を明晰にするのに効果的だったと云える。
例えば諸角虎定(加藤武)。彼が武田晴信市川亀治郎)の現在を嘆いて昔の武田信虎仲代達矢)を想起し、旧主が晴信よりも武田信繁嘉島典俊)に家督を譲ろうとしたのは深い考えあってのことだったに相違ない…との考えを語った場面。経験乏しい若者を家臣団の主にするのは危険であることを信虎は自身の経験から知っていたのだろうという説は、流石に老臣らしい洞察だが、同時に彼には自らが傅役として仕えてきた信繁に対する愛情と忠誠心もあるに相違ない。彼は今でも、信繁にこそ家督を相続して欲しかったという思いを捨て切れないでいたのだ。親心と云うべきだろう。しかし晴信の傅役をつとめていた武将もまた同じ心を持っているのだ。
その武将、板垣信方千葉真一)が晴信に対し、晴信の真の力、本来の強さが人を動かす力にこそあること、主君と家臣団との信頼、心の繋がりにこそあること、その点において最強の主君であることを述べ、自信を取り戻して欲しいと忠告した場面は、重臣が傅役へ戻った瞬間に他ならなかった。
そしてもう一人の英雄、甘利虎泰竜雷太)は、村上義清(永島敏行)と密かに会見し、武田軍の今後の動きについて機密情報を流した。これは主君=晴信に対する裏切りだ。それによって晴信が大いに苦戦し、危機に陥るのは避け難い。それについて彼は自ら責任を取るつもりなのだろう。恐らくは主君を目覚めさせるため敢えて主君に危機を与えつつも、体を張ってその責任も取るつもりなのだろう。決死の覚悟と云わなければならない。
この覚悟の武将は、これまで何かと敵対してきたライヴァル山本勘助内野聖陽)に対し、恐らくは最後の説教となるだろう厳しい言を与え、そうして肩を叩いた。自らが主君のため、家のため、再び死をも決意したこと、のちのことを勘助に託したいことを表現したものだろう。
由布姫(柴本幸)の余計な一言のあるまで武田家中を満たしていた君臣の幸福な信頼関係を取り戻すため生命を捧げようとしている二人の英雄。だが、このような忠臣の存在は武田家が今なお心で結ばれた者たちの場であり得ることを物語っているのかもしれない。信濃府中の林城の小笠原長時今井朋彦)と高遠頼継(上杉祥三)の、利害だけで結託しているに過ぎない関係の頼りなさが、そのことを際立たせた。