大河ドラマ風林火山第三十七話

NHK大河ドラマ「風林火山」。演出：清水一彦。第三十七回「母の遺言」。
越後の長尾景虎（Gacktガクト）に、恭しく丁重に迎えられた上杉憲政（市川左團次）。貴族の末端に属し、幕府権力にも関与する者としての彼が長尾家に与えた威厳に満ちた感謝の言と、見苦しい程に性急な、北条家に対する反撃のための出陣の命令。没落した王者、無能な権力者の悲哀を強烈に演じていたと云えるだろう。しかも、この性急で無謀な命令の発せられたときには既に、彼の唯一の嫡子である竜若丸（太賀）は、家臣=妻鹿田新介（田中実）の裏切りに遭い、小田原の北条家の庭において落命していた。上杉憲政は越後へ発つ前、真の忠臣と云うべき長野業政（小市慢太郎）を相手に、真の味方が誰であるかを漸く解し得たと述べたが、以前から主君の機嫌を取るのみだった妻鹿田が真の味方ではなかったことをこのときに至るまで解し得てはいなかったのだ。余りにも愚かで、哀れだ。
だが、北条氏康（松井誠）は実に武士の情に満ちていたと云わなければならない。信頼していた家臣に裏切られ、ゆえに結果的には父に見捨てられたに近い格好で捕虜として北条家の城内に連行された竜若丸に対し、北条氏康は己の太刀を授け、自身も太刀を構えて真剣の勝負を挑み、額に傷を受けたのち、ついには一撃を加え、討死させた。その上で、竜若丸のこの大健闘を、真に武士に相応しいこととして称えた。上杉憲政の子とは思えない程の、実に見事な行動だった。そして同時に、囚われの若い竜若丸の眼光にその可能性を見出して名誉ある行動を取らせる機会を与え、自ら死闘を挑み、立派に討死をさせた北条氏康の精神もまた、武士の理想像を示すものに他ならないだろう。丁度そのとき偶々甲斐からの使者としてその場に居合わせ、北条氏康の大度量を目の当たりにした山本勘助（内野聖陽）は、今川家よりも北条家との関係を強化しようとしている己の策の間違いなさをこれにより確信し得たことだろうが、同時に、感涙を禁じ得なかったことだろう。