大河ドラマ風林火山第四十四話

NHK大河ドラマ風林火山」。演出:亀村朋子。第四十四回「信玄暗殺」。
駿河今川義元谷原章介)の母、「女大名」とも云われる寿桂尼藤村志保)と、越後の長尾景虎Gacktガクト)の軍師、宇佐美定満緒形拳)との間の陰謀の連鎖は、あたかも合わせ鏡のようだ。宇佐美定満の謀略は、それを寿桂尼が利用するだろうことを想定してこそ成り立つものだったが、他方、寿桂尼はそれが利用されてこそ意味をなすものであることを瞬時に理解したばかりか、さらに己の謀略をも重ねて最大限に利用しようとしたからだ。しかし両名には誤算もあった。矢崎平蔵(佐藤隆太)がもともとは諏訪の家臣ではなく甲斐の者であること、そして実は山本勘助内野聖陽)をはじめ甲斐の武田家の人々を知らないわけではく憎しみしか抱いていないわけでもないこと、そして何よりも、知よりは情に動かされ、使命を貫徹するよりは愛のために己を曲げることを選択する者であることを知らなかったのだ。
それにしても、寿桂尼は智謀に長けた鉄の女ではあるが、反面、そこにも義の貫かれてあるべきことを、これまでは尊重してきたのではなかったか。武田晴信市川亀治郎)に対して寿桂尼のかつて抱いていた嫌悪感は、正義の秩序の破壊を、彼の所業に見出したからではなかったか。しかるに今、寿桂尼は寅王丸=長笈(柄本佑)を利用するに際し、明らかに事実に反することを述べた。そこにあるのは私利私欲。不正。義は微塵もない。どうしたのだろうか。恐らくは焦っていたのだ。今川義元谷原章介)が謀略を嫌い、子の今川氏真(風間由次郎)が愚鈍。太原雪斎伊武雅刀)を失った今、己こそが軍師に代わる役割を果たさなければならないと感じていたのかもしれない。
寅王丸=長笈に対する武田義信(木村了)の罵倒には救いがない。それを諌める勘助に対しては己が武田家の後継者であり主君の立場にあることを誇示するのみで、聞く耳を持たない心の狭さ。君主の器量はなさそうだ。長笈が義信に対し斬りかかろうとしたのは、恐らくは親の敵を討ちたかったからではない。親の仇その人であるはずの晴信には既に従おうとしていた。長笈の怒りは、あの瞬間、親の仇としての晴信に向けられていたのではなく、義信という一人の人間に対して、彼の心の狭さ、君主としての器の小ささに対して向けられたのだと思う。