大河ドラマ「風林火山」第五十回=最終話

NHK大河ドラマ風林火山」。原作:井上靖。脚本:大森寿美男。音楽:千住明。題字:柿沼康二。演出:清水一彦。第五十回=最終回「決戦川中島」。
今年の一月七日の夜の、あの衝撃の第一話から約一年間、三月十八日放送の第十一話における余りにもドラマティクな武田信虎仲代達矢)追放の話において一つの頂点に達しながらも、その後も数多くの見せ場を作り続け、観者を厭きさせることのなかった本作「風林火山」の第五十話、最終回を驚くべく感動的に締め括ったのは、山本勘助内野聖陽)の二人の家臣、河原村伝兵衛(有薗芳記)、葛笠太吉(有馬自由)、そして勘助という男を誰よりも理解し誰よりも愛し得た「摩利支天の妻」ミツ(貫地谷しほり)だった。
伝兵衛が戦場に倒れていた勘助の胴体を背負って武田軍の本陣へ帰還し、太吉が上杉軍から勘助の頭を返還してもらって帰還したのは、実に、彼等二人の勘助にとっての役割をよく表していたように思う。
伝兵衛は、主君=勘助の密命を受けて、野山を駆け回り、敵地に潜入して、有益な情報を収集しては勘助の謀略を助け続けた。云わば彼は勘助の無二の戦友なのだ。他方、太吉は、妻おくま(麻田あおい)や長男の茂吉(内野謙太)をはじめ大家族の全員で山本家の屋敷に住み込み、主君の日常の家政全般の世話をしたのみか、孤独な勘助の生活を賑わし、安らぎの場を作り続けた。云わば彼は勘助の家族なのだ。
だから伝兵衛は、主君であり戦友である勘助のため、川中島の無惨な戦場で必死になって体を捜索し、発見し、抱き上げ、背に負い、全身で、全力で、連れて帰らなければならなかった。武田信玄市川亀治郎)等の待つ本陣へ帰還しつつあった伝兵衛が「山本勘助!」と大音声で告げたとき、彼の胸中には、主君と己とが単なる主従ではなく、永年ともに幾つもの戦場で闘い、幾つもの修羅場を潜り抜けてきた唯一無二の戦友であり、ゆえに勘助を救うのは己でなければならぬ!という熱い思いが爆発していたに相違ない。
他方、太吉は、主君であり家族であり、一家の長(「旦那様」)である勘助のため、一家の執事として敢えて上杉軍の陣へ乗り込んで、交渉し、懇願して、恐らくは土下座をしてでも頭を取り戻し、大切に胸に抱いて、連れて帰らなければならなかった。
そして「摩利支天の妻」ミツ。ミツの勘助への愛は、勘助という生まれながらに悲しい男その人への愛に他ならなかった。その点において恐らくは勘助の後半生を支配した由布姫(柴本幸)の勘助への愛を遥かに超えて深く強いものだったに相違ない。由布姫は、勘助が武田勝頼池松壮亮)を迎えに来たときにも、川中島で命懸けで「御舘様」を守り抜くべく駆けようとしたときにも、霊として現れて勘助を引き留めようとした。この軍で勘助が討死を果たすことを予知していたのだ。それは勘助への愛から発した行為だったろう。しかし勘助は主君=武田信玄の負けることなど断じて考えることはできなかった。だから引き止められようとも引き下がることはあり得なかったはずだ。勘助のその心を、ミツは解し得ていた。そして生まれながらのその悲しい心の中にも「花が咲いている」ことを知っていて、そうした勘助その人を愛することができていたのだ。