あしたの、喜多善男第六話

フジテレビ系(関西テレビ)。「あしたの、喜多善男〜世界一不運な男の、奇跡の11日間〜」。
原案:島田雅彦『自由死刑』。脚本:飯田譲治。音楽:小曽根真。主題歌:山崎まさよし「真夜中のBoon Boon」。第六話。演出:三宅喜重
喜多善男(小日向文世)に残された時間は六日間。しかし彼の周囲の人々をめぐっては至る所で同時多発的に事件が生じていて、凄まじい激動の一日ではあった。
例えば、落ち目のアイドル宵町しのぶ(吉高由里子)は、喜多善男と組んで実行した狂言誘拐事件によって得た二千万円を彼がそのまま恵まれない子どもたちのため寄付してしまい、もはや取り戻せなくしてしまった件の後始末として、所属の芸能事務所がその二千万円を肩代わりさせた「小指噛めオジサン」に、身体を売ったも同然の状態と化した。
多分この芸能事務所の社長である小林(デビット伊東)にとっては、宵町しのぶを二千万円で「小指噛めオジサン」に売ることこそ、二千万円を取り戻すことよりもはるかに有意義であり、想定外ながらも最善の解決策だったに相違ない。なぜならこれによって宵町しのぶは「小指噛めオジサン」からも所属芸能事務所からも逃げることができなくなったのみならず、逆に「小指噛めオジサン」も宵町しのぶの云わば「所有者」(!)として、この芸能事務所との密接な関係をこれまで通り維持し続けてゆくだろうからだ。この勝負、実は小林の一人勝ちに終わったのだ。
宵町しのぶの「所有」に関する小林の計算が、長谷川リカ(栗山千明)に対する丸山(眞島秀和)の計算と類比的であるのは見易い。リカは宵町しのぶの祭騒ぎの果ての現実を見ることで己の現実を再認識せざるを得なかった。そのことが矢代平太(松田龍平)を改めて突き動かそうとしていた。
この騒動の過程において宵町しのぶは、身代金誘拐事件の犯人の写真として、携帯電話に残っていた片山(温水洋一)の画像を小林に提出した。そもそもあの電話機自体が、確か、矢代平太との乱闘の中で片山の落としたものではなかったろうか(違ったかもしれない)。ともかく、あの画像が、箱根湯本の温泉旅館で片山が宵町しのぶと無理矢理一緒に撮影したものだったのは間違いない。喜多善男の生命を狙っていた殺し屋の片山は、意外に楽しい人ではあったが、殺し屋という本分を忘れて羽目を外し、油断して、殺すべき対象に近い人物と一緒に写真なんか撮るから、こうして犯人に仕立てられたのだ。恐らく彼は闇の勢力によって抹殺されることだろう。
平泉成の物真似を得意とする保険調査員の杉本マサル(生瀬勝久)に付き纏われ、身辺を調べられて脅かされながらも何とか保険金殺人疑惑を払拭し、新たな大仕事を推進しようとしていた鷲巣みずほ(小西真奈美)は、その仕事の強力な協力者となるべき保健福祉局の都庁官僚、館道(平泉成)と会見。驚いたことに彼こそがあの「小指噛めオジサン」だったのだ。
喜多善男は、狂言誘拐事件によって得た二千万円をそのまま恵まれない子どもたちのため寄付したことで、少しは世の中の役に立ったような気がしていた。しかるにそこへ現れたのが「ネガティヴ善男」(小日向文世一人二役)。ネガティヴ善男に云わせれば、今回の彼の、大胆この上ない行動は、見知らぬ土地の見知らぬ人々を助けることにはなるかもしれないが、その代償として、身近な大切な人々を不幸に陥れただけだった。しかも己一人は無事のままで。果たしてそれは本当に善い行いであるのか。もちろん喜多善男はそれを善いことだとは思えない。ゆえに彼は「ネガティヴ善男に騙された!」と感じたようだ。
ここにおいて気になるのは、ネガティヴ善男が喜多善男にとって何者であるのか?という問題だ。しかし基本的には、ネガティヴ善男自身が云った通り、ネガティヴ善男は喜多善男のネガティヴな存在と云うべきで、ここに云うネガティヴとは「否定」「反転」ということだ。ネガティヴ善男とは喜多善男の陰(ネガ)に過ぎない。実のところ喜多善男自身に一種「ネガティヴ」な面があるので、話が混乱してしまう。なるほど彼は、何事も弱気に、悲観的に考えてしまいがちであるという点で「ネガティヴ」なのだ。だが、反面、物事の裏面、暗黒面を真剣には見ようとしない点では、意外にも底抜けに能天気でもある。悲観的ではあるが、真の悲しみを見詰めようとはしない。不幸の真相を認識して現実を引き受けようとはしないから、そこから立ち直ることもできない。死を決意する程の彼の状況とは、結局のところ、能天気であるからこその不幸ではないのか。ネガティヴ善男が「ネガティヴ」なことを云っては喜多善男を苦しめるのは、喜多善男が余りにも非「ネガティヴ」だからに他ならない。