スクラップ・ティーチャー第八話

日本テレビ系。土曜ドラマ「スクラップ・ティーチャー 教師再生」。
脚本:佐藤久美子。音楽:吉川慶&Audio Highs。主題歌:Hey!Say!JUMP「真夜中のシャドーボーイ」。プロデューサー:櫨山裕子&内山雅博。制作協力:オフィスクレッシェンド。演出:佐久間紀佳。第八話。
次週の最終回を前にして今回は流石に難問を投げかけた。幸福と正義との関係をめぐる古来の哲学的な難問だ。
皆が幸福になろうとしているとき、その幸福をもたらし得る状態を作り出したのが小さな不正だったことを暴露するのは正しいのか?という問題。どんなに小さな不正であろうとも不正は許されないにせよ、それが皆を幸福にしたいという思いに発したものであり、しかもその不正によって不幸になる者がどこにも一人もいないのであれば、許してもよいのではないのか?というのが久坂秀三郎(中島裕翔)の主張だ。忘れてはならないのは、彼は本来、誰よりも強く正義を求めている少年であるということだ。当然、彼は城東区立第八中学校長の榎戸庄助(升毅)が不正を働いていたことを知って胸を痛めてはいるが、それでもなお、校長にそのような不正を働かせたのが生徒たちへの愛情、学校への愛情にあることを信じている。誠意に免じて、泣く泣く不正を見逃そうと思っている。
だが、幸福は正義に基づかなければ意味がない!という高杉東一(山田涼介)の主張は間違いなく正しい。もちろん久坂も本当は同じように考えているはずだ。それでもなお、皆の幸福を壊したくはないからこそ、本心に反する態度を取っている。苦渋の選択だ。吉田栄太郎(知念侑李)も、入江杉蔵(有岡大貴)も、久坂と同じ思いだろう。そして云うまでもなく、2年D組担任教諭の杉虎之助(上地雄輔)も。
実のところ杉先生も久坂も吉田も入江も、そして高杉も、五人ともどこかで本心に反しているように思われる。久坂は小さな不正をも許せない程に熱血の男子であるし、高杉は人の不幸なんか望んではいない。でも、久坂は皆の幸福を望み、当の不正が誠意に基づくものであることを重んじる余り、己自身の誠意には反して、不本意にも不正を見逃そうとしているし、逆に高杉は己の信じる正義に誠実であろうとして不本意にも皆を不幸にしようとしている。人の心は良い行いを知るものであり、本心に従うことが正義である…という所謂「日本陽明学的」な考え方は南洲西郷隆盛をはじめとする幕末の志士たちを魅了したばかりか、ことによると新撰組の旗の「誠」の一文字にも影響を及ぼしているのかもしれないが、当の本心が二つに引き裂かれるような状況において人はどのように行動すべきか。正義と幸福との間の二律背反の中で彼等はそれぞれなりに苦渋の選択をして、それによって己の心を少し傷付けつつある。江戸無血開城を決断する前の西郷南洲がそうだったかもしれないように。(幕末の長州の高杉晋作[東一]、久坂玄瑞[秀三郎]、吉田稔麿[栄太郎]、入江九一[杉蔵]の学んだ松下村塾吉田松陰[杉虎之助]が陽明学の徒に他ならなかったのは云うまでもない。)
正義と幸福との二律背反の中で杉先生が久坂や高杉と同じように苦悩せざるを得なかったのは、彼が大人として未熟だからではない。大人だろうと子どもだろうと、容易に解決できるような問題ではない。もちろん大人の視聴者の多くもそうだろうし、恐らくはドラマ制作者も、正解なんか持ち合わせてはいないのではないかと思われる。
ところが、杉先生は知ってしまった。榎戸校長が実は生徒たちのことなんか思ってはいなかったことを。学校を守るために不正を働いたのではなく、学校の管理職としての己の成績を上げるために不正を働いたのだ。しかも結局、この不正は学校を「統廃合」から守ることには繋がらない。校長はそのことを予想した上で敢えて巷の噂に乗じて、己の出世のために生徒たちを利用してみせたのだ。善人面をしてきた榎戸校長が校長室という「官房」の中で以上のような隠れた意図を松尾悟史(向井理)相手に明かし、二人で談笑する場面の、何と醜悪なことか。まるで時代劇における悪代官と御用商人の密談の如し。この瞬間、杉先生の心は定まった。彼は校長を殴った。
今宵の第八話の最後におけるこの展開を、哲学的な難問による話の停滞を避けるための飛躍と取る向きもあるかもしれない。しかし当の問題への解答が人生観の総括をさえ要する程の困難であるなら、それへの中途半端な答案を呈示するのは子供向け番組として誠実ではないし、力ある者から示される善が恐ろしい罠であるかもしれないことの不条理を描くことには、それが現実にもありがちな話である以上、常に意味があるだろう。
それにしても印象深かったのは、これまで幾つもの困難を皆で乗り越えてきた中で固まってきた2年D組の今の結束の様子を嬉しそうに眺めていた久坂に、高杉が「そろそろ潮時かな…」と寂しそうに呟いて、久坂が「高杉、いなくなっちゃうの?」と聞き返した場面。ここで高杉は、この学校を去ることの寂しさを久坂の前で隠してはいない。高杉が久坂に本心を明かし、久坂はそれを見逃しはしない。高杉の真の理解者は久坂だ。
でも、鉄道と(なぜか)高杉を愛する土屋大輔(新井大輔)は、自分こそが高杉の真の理解者であると確信している。高杉が一時的にもせよ女子に囲まれて嬉しそうにしていたのを目撃して悔しがっていた土屋の姿は、このドラマで最も可憐な乙女に他ならなかった。関連して云えば、杉先生は馬上で吉田に抱き付いて嬉しそうにしていて、吉田は恥ずかしそうにしていた。