Q10第三話

日本テレビ系。土曜ドラマQ10(キュート)」。第三話。
一般論で云えばロボットには本質的には感情がないから「嫌なこと」もない。「尻込みしたくなるような、恥ずかしくて思わず声を上げたくなるような、取り返しが付かないような」ことがない。だから、行うべきであると判断したことを率直に実行に移すことができる。しかし人間には「嫌」という感情がある。何をどう「嫌」だと思うかについては色々事情や原因や理由はあってその表れ方も色々ある。何れにせよ、それは人の行動力を妨げる。だが、行動しないことはその後の行動を偏らせて、さらに「嫌なこと」を深刻化させたり増加させたりするかもしれないのだ。
面白かったのは、ロボットであるQ10前田敦子)の、感情がないからこそ真直ぐであり得る行動力だけが周囲の人々の心と行いに変化を惹起したわけではなかったところだ。
深井平太(佐藤健)は自分自身の過去の恋愛とその失敗について表現も清算もできないでいたが、この問題を漸く解決するに至ったとき、彼にそのための変化をもたらしたのは当の元恋人の柴田京子西平風香)の何とか立ち直ろうとする姿だったろうし、同時に案外、優しい友である彼のために最大限に優しくあろうとする中尾順(細田よしひこ)の迷いのない率直な行動力にも触発されたかもしれない。
男子アイドル「OHACO」のハジメ(佐藤健/一人二役)のファンであることを皆から馬鹿にされるのではないかと恐れていて、そして自身の容姿にも自信を持てないでいた河合恵美子(高畑充希)の前には、ロッカーの山本民子(蓮佛美沙子)がいた。「違うことは違う」「違うって云わないと間違ったことがホントになっちゃうよ」と云って、立ち上がるべきときには立ち上がらなければならないことを説くと同時に、河合恵美子の本来の魅力を引き出すために工夫してくれた。その上、影山聡(賀来賢人)は合格祈願の学校行事の中で、自身の合格祈願を犠牲にしたのみならず何よりも恥ずかしさに耐えて、河合恵美子を「かわいい」と大声で叫び続けた。
影山聡に対しては、学校に住み着いた柳栗子(薬師丸ひろ子)が恋する若者の行動の指針を示した。
日常生活には起こり得ないような特別な事件や異常事態が人々に衝撃を与えて変化を作り出すのではなく、何の変哲もない日常生活の中で静かに変革が生じてゆくのが、このドラマ世界の描く所であるとも云える。
小川しげ(白石加代子)は、吾が子の小川訪(田中裕二)の職場である鹿浜橋高等学校を訪ねてきて、帰る前、夕暮れ時の運動場を眺め、吾が子の高校野球選手時代の大失敗のことを思い出しながら、もう生きてはゆけない!と思うような辛いことがあっても、意外に生きてゆけるものだと語った。正しいこと、正しいと思われること、少なくとも間違ってはいないはずであると信じ切れることのための行動である限り、思い切って行動して失敗したとしてもそれで人生が全て終わってしまうものではないということだろう。
とはいえ、行動すれば少しは前に進めるかもしれないということ、行動しなければ何も始まらないだろうということは、行動したくとも行動できる身体ではない者にとっては価値のない命題でしかないだろう。夜の病院の廊下の、久保武彦(池松壮亮)の孤独がそのことを物語る。彼を唯一の同志、心の友としてきたはずの深井平太が今や周囲の人々と積極的に交わり、変化を促しながら自身も変化しつつあるらしい気配を感じ取りながら、そしてまた病院内にも様々な変化があることを知らされながら、そうした中で自身には何の変化もなく、解放される見込みのない入院生活を続けるしかない久保武彦の孤独な姿は、行動したいときに決意一つで何とでも行動できることの幸福を、視聴者に対し、厳粛に突き付けるものに他ならない。