美しい隣人第八話
フジテレビ系(関西テレビ)。ドラマ「美しい隣人」。第八話。
矢野絵里子(檀れい)が見舞われている事態の恐ろしさは、その事態を生じている原因や要素の全てがマイヤー沙希(仲間由紀恵)によって仕組まれ制御されているわけではないという点にある。
例えば、矢野慎二(渡部篤郎)の浮気。不幸な事態の核にある事件が矢野慎二とマイヤー沙希との不倫の恋であるのは云うまでもないが、これをマイヤー沙希による巧妙な陰謀の結果としてのみ説明することはできない。なぜなら矢野慎二が浮気心を抱くことがなかったなら、そうした関係はそもそも始まらなかったはずだからだ。その意味でマイヤー沙希の狂気が唯一の原因であるかのように主張した矢野慎二に対する矢野絵里子の怒りには正当性がある。矢野慎二が浮気心を起こすような男であるか否かを、マイヤー沙希は必ずしも予知できていたわけではない。
もっと偶然的な事件として、矢野慎二に対する真下亜美(藤井美菜)の理不尽な恋慕ということがある。会社の部下にあたるこの女からの想いには、彼は応じなかった。不倫の恋を拒絶するだけの最小限の理性は彼にも具わっていると判る。だが、この女は片想いの相手の妻である矢野絵里子に対して勝手に嫉妬して、矢野家に悪質な悪戯電話をかけて恐怖感を与え始めた。これはマイヤー沙希も知らなかった事だが、これこそが、矢野絵里子に恐怖心と不安感を植え付けた決定的な原因であるのも確かだ。マイヤー沙希の陰謀を成功させつつある原因の一つは、実はマイヤー沙希の知らないところで生じたのだ。
さらにもっと偶然的な、そしてマイヤー沙希にとっては好都合な条件として、矢野慎二の実の父母である矢野美津子(草笛光子)と矢野敏郎(左右田一平)が、嫁の矢野絵里子よりも嫁の隣人であるマイヤー沙希を信頼し愛するような馬鹿な老人だったということがある。矢野絵里子と矢野慎二の間の実子である矢野駿(青山和也)も含めるなら親子孫三代の馬鹿。矢野家三代の人々が面白いように簡単に騙されてくれてマイヤー沙希もさぞかし笑いが止まらなかったろう。矢野美津子が振り込め詐欺に遭わないか、心配せざるを得ない程だ。
矢野絵里子を苦境に陥れた原因の一つとして、元友人の相田真由美(三浦理恵子)の言動があったことも忘れてはならない。この卑劣な女が根本的にはマイヤー沙希と何ら変わらない悪人であることについては、先週ここに論じた。相田真由美の、陽気な口調で発せられる陰湿な言葉の数々が、矢野絵里子を徹底的に追い詰めたのだが、これもまた実のところはマイヤー沙希の制御を超えた展開だったろう。けしかけたのがマイヤー沙希だったのは確かだが、それにどこまで乗じるかは自由な意思に任されるしかないからだ。相田真由美は、多分、マイヤー沙希の予想以上に矢野絵里子を追い詰めてくれたわけで、マイヤー沙希もさぞかし笑いが止まらなかったろう。
今宵の第八話に限定しても、矢野絵里子の実家である瀧野家の人々の油断、ことに実兄の妻である瀧野由利(辻しのぶ)の油断は、矢野絵里子の置かれている恐ろしい事態を理解していなかったから仕方ない面もないわけではないとはいえ、一般論で云っても幼い子どもを外で放置することは極めて危険であって、余りにも痛恨の過失であり、その分、マイヤー沙希にとっては実に好都合な偶然だったろう。
そのようなわけで、生じている事件の(第一原因はともかく)全体像を把握できているのは視聴者だけで、劇中の誰も把握し切れてはいないはずだが、マイヤー沙希に次いで多くを把握できているのは多分、相田家の喫茶店で働いている無口な謎の青年「リオくん」こと松井理生(南圭介)だろう。彼は相田真由美の言動における欺瞞と卑劣をも察し得た様子と見受けた。「家政婦は見た」ではないが、アルバイト青年は多くを目撃してきている。