渡る世間は鬼ばかり第十部第三十四話

TBS系。橋田寿賀子ドラマ「橋田壽賀子ドラマ渡る世間は鬼ばかり」。
最終部=第十部第三十四話。
野田弥生(長山藍子)の家の騒動は前回一話で解決したので、今宵からは再び小島家ラーメン店「幸楽」と小島家の話。その大きな部分を占めるのはもちろん小島眞(えなりかずき)の奇妙な恋物語だが、今宵の第三十五話において特に味わい深かったのは、現在の店主である田口誠(村田雄浩)の開発した新商品と、インターネットとの関係の話ではないだろうか。
最近このドラマではインターネットの影響力の大きさが喧伝され、賞賛されてきた。このドラマ世界において「インターネット」と呼ばれているものと、現実の世界におけるインターネットは実は全く別物ではないのか?と疑わざるを得なくなる程に、このドラマ世界におけるインターネットには絶大な力がある。上手く利用すれば、小太りで頭髪の薄い冴えない中年を大スターに仕立て上げることもできるし、普通であれば大して売れないような商品をも大ヒット商品に仕立て上げ、莫大な富をもたらし得るのだ。
そうした(この劇中の)インターネットの力を、田口誠も利用してみようと思い付き、新商品「幸楽ソース」を開発し、発売した。色々な具の入った中華料理風のソースで、これと米飯だけでも充分に食事として成り立つ程の内容の商品であると説明されていた。これは云わば、現実の世界で少し前に流行した「食べるラー油」に具を盛り込んで、少し豪華にしたようなものだろうか。田口誠によると、材料費が高く付いたので、値段も少しばかり高くなってしまったらしい。それでも味には自信があったし、インターネットの影響力で「幸楽」が空前の大繁盛を謳歌している現在であれば、この新商品も「幸楽」と名が付いているだけで何の苦もなく注目を集め、好評を博し、間もなく多大の利益を生じるに相違ない…と彼は思い込んでいた。
ところが、意外にも一つも売れなかった。それで彼は意気消沈していたが、小島五月(泉ピン子)の助言に従い、試しに店内の全ての食卓上に調味料の一つとして置いて、無料で客に試食をさせてみたところ、やがてその美味に感激して商品を買い求める客が一日で三十一人も現れた。しかもそれだけでは終わらなかった。彼等が「インターネットのブログやツイッター」を通してその評判を広めた結果、一挙に五百件もの注文が殺到して、早くも品切れ状態になってしまった。
相変わらず夢みたいな話であると見えるが、この話の展開に関して注目しなければならないのは、インターネットの影響力を有効にするための条件として、普通の人々の、生の、率直な意見のみが持ち得る説得力ということが挙げられ、強調された点ではないだろうか。宣伝すれば何でも直ぐに話題になるわけではなく、むしろ普通の人々の、生の、率直な声が人々に興味や共感を惹起したとき初めて、宣伝の意図もなかったような平凡な言葉が、大規模で組織的な宣伝活動をはるかに凌駕する影響力を発揮するということ。橋田寿賀子が云いたいのはそういうことだろう。
他方、小島眞の奇妙な恋物語に関して今宵の話で特に注目しておくべき点は、長谷部力矢(丹羽貞仁)が自身の妹の長谷部まひる(西原亜希)と小島眞とを結婚させるべく本気を見せ始めたことだろう。これまでも彼は、職場における自身の部下である小島眞を何かと理由を付けては夕食に誘い、自宅に誘って、妹と一緒に過ごさせようとしていた。彼が長谷部まひると小島眞との交際を、偽装ではなく、本気の関係にしてしまおうと企てている気配は今までも充分に感じられた。だが、今回ついに彼はその企図を、意思を、明言したに等しい。なにしろ彼は「諦めない」と云い放ったのだ。
小島眞が、己には既に大井貴子(清水由紀)という恋人がいて、結婚までも約束しているので、今さら長谷部まひると交際する意はない…と述べたとき、長谷部力矢はそれに対して、小島眞が今の恋人と別れる可能性もないわけではないだろうこと、小島眞が長谷部まひるとの交際を欲求する日が来ないわけでもないだろうことを論じて、ゆえに己の妹と小島眞との結婚を実現することを「諦めない」と云ったのだ。強烈な欲望であると云うほかない。