野ブタ。をプロデュース第9話

日本テレビ土曜ドラマ野ブタ。をプロデュース」。プロデューサー河野英裕白岩玄原作。木皿泉脚本。池頼広音楽。佐久間紀佳演出。制作協力TMC。亀梨和也山下智久主演。堀北真希助演。PRODUCE-9(第九話)。
桐谷修二(亀梨和也)と草野彰(山下智久・特別出演)が「野ブタ。」=小谷信子(堀北真希)のために展開してきたプロデュース計画への度重なる妨害は全て蒼井かすみ(柊瑠美)の仕業だった。そしてそれが「野ブタ。プロデュース」に対する云わば逆方向の「プロデュース」だったことも、前回、蒼井かすみ自身により語られた。それは小谷信子を人気者にする計画への妨害であると同時に、その計画を着実に進め成果を上げつつあった桐谷修二を学園一番の人気アイドルの座から追い落とす陰謀でもあった。
この「悪意」に満ちたプロデューサー蒼井かすみは遂に、桐谷修二を脅迫し、小谷信子を傷付けないことの交換条件として「野ブタ。プロデュース」計画への参入に成功した。悪意のプロデュース行動が新たな段階に入ったわけだが、そのことの意味には三つの層があるだろうか。
第一に、それは桐谷修二と草野彰が小谷信子自身と一緒に築き上げてきた成果の全てを否定し去ることだった。桐谷修二と草野彰は殆ど「ガキ」みたいに荒唐無稽な奇策を次々打ち出して、ただでさえ周囲からは浮いていた小谷信子をさらに周囲から際立たせていった。でも、それは却って小谷信子の本来の魅力を効果的に引き出すことに繋がった。それが小谷信子を人気者に変えた。ところが、蒼井かすみはそれを「正統派じゃない」と評して否定し、小谷信子をもっと普通の小奇麗な美少女へ磨き上げようとし、小谷信子本人に対してもそのための努力を要請した。要するに第二に、そのことは小谷信子という人間を改めて否定し去ることでもあった。確かに個性というものは技術だけで自在に作り上げられるものではない。学園のアイドル「桐谷修二」のカリスマ性の自己崩壊過程がそれを雄弁に物語るだろう。だが、小谷信子の現在を彩る個性は、かつて小谷信子本人が思い込んでいた小谷信子像の反対方向に振れた果てに、ジワジワ滲み出てきたものではないか。それを改めて無理矢理に矯正することは小谷信子その人の否定にしかならない。しかるに、このことは第三に、特異な個性で人気を博した小谷信子から魅力を奪い去ることで人気をも消し去るものでしかない。
しかも、このことの最大の効果として「野ブタ。プロデュース」計画を桐谷修二と草野彰の両名にとって近寄り難いものにするということがあった。両名とも当初こそ小谷信子を小奇麗にすることを考えたこともありはしたが、それさえも周囲に溶け込ませるためではなく、周囲から際立たせるためだった。そして校内放送の昼の番組で成功して以降は、小谷信子に思い切り面白いことをやらせて、そうすることで小谷信子本来の面白味を引き出すことばかり考えていた。今さら周囲に溶け込ませることなど考えられないし、何よりそれは彼ら男子=異性には手出しのできない女子同士=同性同士の領分であるだろう。蒼井かすみによる「野ブタ。プロデュース」計画の全面的な書き換えは最後、三人の仲を引き裂くことに繋がるはずだったのだ。
この強引な改変に対し桐谷修二と草野彰がなかなか抵抗しなかったのは、小谷信子が「初めての友達」の正体を知れば救い難く傷付くだろうことを想像し、恐れ、最悪の事態を避けたかったからだ。「俺は…怖くて仕方なかった。多分…道を間違えたのはその所為だ」。しかし小谷信子もまたそれを素直に受け容れたわけではなかったと見える。桐谷修二が蒼井かすみを受け容れていると思い込まされたからこそ、嫌でも受け容れざるを得なかったに相違ない。云わば桐谷修二による「野ブタ。プロデュース」の一環としてそれを受け容れたに過ぎない。やはりここでも小谷信子の基本には桐谷修二への信頼があるのだ。だから彼が遂に「我慢したり辛抱したりすることがそんなにイイわけ?」と蒼井かすみに抵抗したとき、小谷信子もまた薄々感じていた疑念を遂には爆発させるに至る態勢に入ったのだ。
小谷信子が「初めての友達」の正体を知り裏切りを知ったことで絶望して学校に出てこなくなったとき、学校内には喪失感が拡がっていた。校内放送の昼の番組における小谷信子は既に学園のアイドルになっていたからだ。そこで桐谷修二は、彼を見捨てていた級友たちに頭を下げて、小谷信子のために、小谷信子への激励の笑顔と言葉を小谷信子に伝えたい旨を告げた。孤独に耐え続けていた彼の突然の必死の願いに、あの「タニ」=谷口健太(大東俊介)が笑顔で応え、皆が賛同し、こうしてアイドル「野ブタ。」への待望の声を収録したヴィデオが小谷信子に届いた。小谷信子は復帰し、皆が歓呼して歓迎した。時にテレヴィ外の時計で九時三十五分の時点。視聴者として見ていて実に笑えて泣ける一時だったが、直後、九時三十七分時点、歓呼する群衆の中に蒼井かすみの笑顔が見えるや戦慄が走った。画面の暗転と同時に歓喜が恐怖に一変した。このドラマの映像表現は常に冴えている。
だが、その恐怖感は実は蒼井かすみ側のものでもあった。絶頂からどん底への転落を経験した桐谷修二が鋭く見抜いたように、今や蒼井かすみは、学園のアイドル小谷信子や孤独を脱した桐谷修二によって己の正体を暴露されるかもしれない恐怖感に恐れ戦き怯えるほかなかったのだ。鋭い刃物を振り回せば己も傷付く。級友を信頼していなかった桐谷修二が誰からも信頼されなくなっていたように。
蒼井かすみの狙いは何だったのだろうか?多分その答えは最も単純明快。友達が欲しかっただけなのだ。ではどうして素直に親しく語りかけることをしなかったのか?恐らく己の外部としての他者に、真剣に突っ込んでゆくのを煩わしく思っていたのだ。あたかもゴーヨク堂(忌野清志郎)に一方的に電話をかけて姿を現さなかった相手のように。
その点、蒼井かすみは実に、小谷信子に遭遇する以前の桐谷修二と類比的だ。かつて彼は周囲についての情報を集積して己の知性において緻密に計算し、最も穏当な行動を取って上手く立ち回っていた。その時点では真に友情などなかったに等しい。でも彼は草野彰とともに小谷信子のプロデュースを進めてゆく中で己の真実に誠実であること、己とは異なる他人の真実にも誠実であることの大切であることを知った。そこに友情が芽生えた。しかし蒼井かすみはその展開の真実を見ない。単にプロデュースが友情を生んだかのようにしか見なかったに相違ない。だから蒼井かすみの改正「野ブタ。プロデュース」には小谷信子に対する一方的な押し付けしかなかった。対話や対決がないのだ。分析哲学者ヒラリー・パトナムの論じた「水槽の中の脳」ではないが、全てが脳内で完結しようとしていて、外部との対決がないのだ。そうなのだ。蒼井かすみは今なお外部との真剣な接触を恐れているのだ。だから小谷信子には一方的な従属を求め、邪魔立てする桐谷修二と草野彰には退場を求めた。思うに、こうした孤立した精神というものは今日において日々の犯罪報道を賑わしてはいないだろうか。彼ら四人が何故か一致して見た夢の中で蒼井かすみが自殺をしたのは、その意味では必然の帰結だったとも云えるだろうか。(なお、夢の中の四人は第三話における文化祭の三人組と同じく「生霊」だったという解釈で間違いないだろう。)
前半の半ば頃、蒼井かすみは小谷信子の抵抗を受けた直後から桐谷修二、草野彰、小谷信子、そして上原まり子(戸田恵梨香)に立て続けに対決を迫られた。外部を拒絶していた精神が自己崩壊の危機を迎えた日であり、夢の中の自殺に至る敗北は既にこのとき決していたと云えるだろう。
世に物語(text)は織物(texture)であるとも云われるが、一体このドラマ作品「野ブタ。をプロデュース」以上に絢爛たる「織物」をなすテレヴィドラマがあったろうか。色々な映像や色々な言葉が色とりどりに重なり合い響き合い、全体として物語を厚く彩っている。その一つ一つを分析してゆくことは至難の業だが、例えば、放課後の教室で蒼井かすみの冷酷な「告白」を受けた小谷信子の姿は、桐谷修二の冷酷な「告白」を受けた上原まり子の姿に重なり合うだろうか。そうであれば小谷信子の心の痛みを最も深く理解するのが上原まり子であったのも当然だ。そして公園のブランコで一人で泣いていた小谷信子の姿は同じ公園で一人で震えていた桐谷修二の姿に重なるが、あの夜、桐谷修二を抱き締めた小谷信子のような相手は、この夜、小谷信子には訪れなかった。それは事態の深刻であることを物語るだろう。
小谷信子復帰までの間の変化も注目に値する。それまで桐谷修二は孤独の教室内で何時も一人だったが、あの大演説の直前、彼は草野彰と一緒に昼食を摂っていた。彼は校舎の屋上だけではなく教室内にも居場所を見付けたのだ。もはや孤独ではなかった。そして彼が皆の前で頭を下げて小谷信子復帰への協力を願ったのは、外部への必死の接触に他ならない。この対決を通して、それまで怯えていた彼の声は確と皆に届き、漸く「タニ」=谷口健太と和解できたのだが、その契機として学園のアイドル「野ブタ。」復帰への待望があったのは見落とせない。「小谷復活のためだもんな」とはあの片想いの男「シッタカ」=植木誠(若葉竜也)の言だったが、それは全体の意思でもあったはずだ。ここにおいて桐谷修二が小谷信子を救ったのと同時に、実は小谷信子が桐谷修二を救ってもいたのだ。
そしてあの自殺の夢の場、小谷信子が蒼井かすみを決して許そうとしなかったのは、問答無用の二者択一ではなく、もっと真剣な対話、対決を求めたからだろう。「先生は、取り返しの付かない場所に行ったこと、ありますか?」と尋ねた蒼井かすみに「うん…あるわね」と応えた佐田杳子教頭(夏木マリ)は、「一人で戻ってきたんですか?」と重ねて訊かれたとき、「ううん。友達だね。」「友達が連れ戻してくれた」と答えた。横山武士教諭(岡田義徳)の辞職騒動を救ったのが2年B組の生徒たちと佐田杳子教頭の尽力だったように、「人を助けられるのは人だけなのかもしれない」。桐谷修二が呟いたように「誰かがいれば、取り返しが付かない場所からでも、戻ってこれる。」「ここにいる限り、俺は、道に迷うことは…ないだろう」。

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