大河ドラマ風林火山第四十七話

NHK大河ドラマ風林火山」。演出:田中健二。第四十七回「決戦前夜」。
山本勘助内野聖陽)の家に招かれた香坂弾正虎綱(田中幸太朗)は、勘助の養女として迎えられていた原虎胤(宍戸開)の娘リツ(前田亜季)に結婚を申し込んだ。だが、これは事実上、勘助と香坂弾正=春日源五郎との永遠の愛の契りに他ならない。驚くべきは、リツもまた、若い香坂に対する勘助の愛を感受した上で、香坂との結婚を心から喜んだらしいこと、そして香坂との間に多くの男子を産めば、一人を勘助の養子とすることもできることを心から喜んだらしいことだ。香坂もまた、勘助がリツを己の「城」と思い、慈しんでいることに心動かされ、そしてリツが老いた勘助を真に深く愛していることに心打たれ、その心に心惹かれ、女人に初めて心動かされたらしい。実に不思議な関係であると云わなければならない。
川中島の決戦に向けて海津城へ急ぎ戻ろうとする香坂に対し勘助は、己の持つ全てを伝授したいと告げ、ゆえに決して「死に急いではならぬぞ」と命じたが、これに香坂も「あなたさまも」と応じた。実に硬派の、麗しい純愛物語ではないだろうか。香坂弾正は史実においては武田信玄市川亀治郎)が青年時代に最も愛した一人として知られ、実際このドラマでもそのことを暗に示すような描写が時折あったが、同時にこのドラマではそれ以上にむしろ、智略により戦い抜いてきた勘助と香坂との間の連帯感、同志愛、友愛、純愛を強調し、両名の固い絆を所謂縦糸にすることによって半ば伝説上の人物とも云える謎に満ちた勘助の人物像を見事に織り上げていると見受ける。
この美しい純愛ドラマが、山本勘助・香坂弾正・原虎胤・リツという四人の役を極めて魅力的に設定した上で、内野聖陽田中幸太朗・宍戸開・前田亜季という魅力的な役者を的確に配したからこそ成り立ち得たものであるのは論を俟たない。もし田中幸太朗が誰か別の、当世風の所謂イケメン俳優に替えられていたなら、果たしてどうなっていたことか、甚だ恐ろしいことだ。
同じ頃、越後では長尾景虎改め上杉政虎Gacktガクト)が大いに反省し改心していた。成田長泰(利重剛)の「無礼」に対する彼の仕打が、実は逆に、八幡太郎義家の時代以来の成田家の家格の高さを知らぬ彼の側の無礼の程を示すものでしかないことを成田夫人の伊勢(井川遥)から責められ、それで漸く事態の意味を解し得たのだ。なるほど常々「義」を前面に掲げ、世の秩序を本来あるべき姿に戻すと口先では述べていた彼が、実は「義」について何も知らなかったわけなのだ。こうして反省した彼は、人であるから人を超えなければならないとの考えを述べた。かつて「仮面ライダー響鬼」後半の桐矢京介(中村優一)篇では「鬼であるためには鬼を超えなければならない」とのテーゼが呈示されたが、上杉政虎のテーゼはそれに近い。真の軍神毘沙門天であるためには、軍神と思われている己を、そして自身も軍神と自負していた己を、超越しなければならないというテーゼがそれだ。軍神であるためには軍神を超えなければならないのだ。
今宵は見所が多かった。小田原城内、上杉軍に対する戦勝を祝して開催された宴席での、北条氏康(松井誠)と北条新九郎(早乙女太一)父子の見事な舞とか。河原村伝兵衛(有薗芳記)と葉月(真瀬樹里)との恋愛結婚と内助の功の話とか。しかし何と云っても今宵の見所は勘助と春日源五郎=香坂弾正とリツとの間の純愛の物語にこそあり、ここだけ見ても、絵と詞の無駄のない美しさにおいて、このドラマの質と品格の高さを再認識できる。TBS日曜劇場の長澤まさみ明石家さんま不倫物語とは正反対だろう。