仮面ライダー鎧武第三十六話

平成「仮面ライダー」第十五作「仮面ライダー鎧武」。
第三十五話「兄弟の決着!斬月vs.斬月・真!」。
前回の話の最後、ついに主人公の葛葉紘汰(佐野岳)は呉島光実(高杉真宙)の正体を知らされた。呉島光実が自ら正体を明かしたのだ。しかも彼は白いアーマードライダーの偽者の正体が己であることをも明かした。しかるに、その一部始終を、呉島貴虎(久保田悠来)は陰に隠れて目撃していた。そして今回の前半、葛葉紘汰を討とうとしていた呉島光実を止めようとして呉島貴虎が姿を見せ、やがて駆紋戒斗(小林豊)も駆けつけたが、緑色のオーバーロード、レデュエ(声:津田健次郎)までもが現れて呉島光実を救出して去った。この急展開の結果、五つの重要な事実が、皆の知るところとなった。(1)かつてユグドラシル幹部だった呉島貴虎は無事に生きていたということ。(2)呉島光実は呉島貴虎の弟であり、ゆえにユグドラシル幹部の弟だったということ。(3)葛葉紘汰を執拗に討とうとしていた犯人は呉島光実だったということ。(4)もともと呉島光実はビートライダーズの敵であるユグドラシルに関係を持ちながらビートライダーズにも属していたわけであり、もともと裏切り者だったということ。(5)そして今や呉島光実はレデュエの盟友であり、人類に対する裏切り者でさえもあること。
ザック(松田岳)もペコ(百瀬朔)も城乃内秀保(松田凌)も呉島光実の非道な正体に怒り、予て呉島光実の正体に気付いていた駆紋戒斗は葛葉紘汰に対し、呉島光実の内面は既に怪物そのものであると主張したが、今なお葛葉紘汰と高司舞(志田友美)は、呉島光実が今や怪物の心を持つに至ったことを認めながらも、かつては信頼できる仲間だったことを訴えた。仲間から敵への変化を生じたのは、些細な一つの嘘を糊塗するために次々嘘を重ねた結果、何をなすべきであるかを判断するのではなく何をせざるを得ないかを判断するしかなくなって、ついには、己の本当の考えを見失い、取り返しのつかない方角へ流され続けてきたことにあるのではないか?という葛葉紘汰の洞察は、いつになく鋭かった。とはいえ呉島光実の飽くなき権力欲はそうした流れの中で芽生えたわけではなかったように見受ける。呉島光実にはもともと独裁者の本性があったのではないのか。そしてそれに気付き得たのはレデュエだったのだ。
今回の話の後半には、呉島貴虎と呉島光実の決戦の場面が来たが、それと平行して、呉島貴虎を守りたい葛葉紘汰と、呉島光実を暫くは生き延びらせておきたいレデュエとの対決もあった。このときレデュエは、呉島光実を盟友として扱う意図について葛葉紘汰に明かした。信頼できる仲間であると本気で思っているわけではないのは云うまでもない。レデュエにとって呉島光実は最高に面白い「玩具」だったのだ。レデュエにとって玩具の面白さはそれを壊してゆくときに見ることのできる壊れゆく姿の悲しさにあるが、呉島光実は勝手にどんどん壊れてゆく奇妙な玩具であり、そこがレデュエには最高に面白いと云うのだ。なるほど、レデュエが人類を支配するための補佐役を呉島光実に任せたのは頷ける。ロシュオが人類を長期間にわたり苦しめるよりは短期間で一気に滅ぼして、滅亡の苦しみから一刻も早く解放してやりたいと考えているのとは違い、レデュエは人類を長期間かけて存分に苦しめて、玩具として楽しみたいと考えているが、自ら手を下さなくとも呉島光実に任せておけば、思いも寄らない仕方で玩具の面白さを見せてもらえるはずであると期待しているのだろう。換言すれば、呉島光実は、人類を分別して削減することで滅亡から救った上で、思いのままに支配したいと願望してはいるが、そんな中途半端な策が上手くゆくはずもなく、結局は極めて無残な格好で人類を苦しめながら滅亡させてゆくことにしかならないだろう…とレデュエは読んでいるということだ。
実際、呉島光実がどんどん勝手に壊れてゆく姿は今回、明確に描かれた。レデュエが身近な者を殺害して初めて玩具の面白さを知ったと明かし、玩具の面白さを知って初めて呉島光実もレデュエと「対等」になり得るのであると唆したとき、呉島光実は既に「覚悟」を決めていると応じた。愚かな覚悟だが、これを聴いてレデュエは内心、笑いが止まらなかったろう。このとき呉島光実は玩具そのものだったのだ。そして彼は己の覚悟を表現するため、呉島貴虎をついに倒した。
呉島貴虎も今や人類の敵となった弟を倒さなければならないと覚悟を決めていて、久し振りにアーマードライダー斬月に変身し、アーマードライダー斬月・真に成り済まし続ける弟に対峙した。戦力の差は弟に有利だったにもかかわらず兄は強かった。兄は弟を倒し得たはずだが、流石に弟を殺害することには躊躇した。その隙を突いて弟は兄を打倒した。弟は兄を殺害することに何の躊躇もなかったのだ。
今回の話の最も重要な主題が兄弟の死闘にあったのは明らかだが、同時に他にも、いくつか見落とせない要素があった。呉島貴虎が己を殺害しようとした湊耀子(佃井皆美)を許したこと。駆紋戒斗は葛葉紘汰を助けようとしてレデュエの攻撃を受け、腕を負傷したが、どうやらそこがヘルヘイムの森の植物に浸食されようとしているらしいこと。
そして何よりも重要なこととして、葛葉紘汰が「知恵の実」の力を借りていることによってオーバーロードになりつつあるらしいこと。レデュエはそのことに気付いていた。鎧武=葛葉紘汰は何時の間にかレデュエの攻撃をも跳ね返し得る程の力を獲得しつつあるが、それは「知恵の実」の力を借りている結果であるらしいとレデュエは察した。そのことは葛葉紘汰にとっては必ずしも望ましいことではなく、むしろ悲劇であるかもしれないことをもレデュエは予想して、それで面白がっていたのだ。
ここで気になるのは、このところ全く食欲のない葛葉紘汰に対し、呉島貴虎がロックシードを安全に摂取することによって食事の代用にすることを勧めたことだ。「知恵の実」の力によってオーバーロード化しつつあるのかもしれない葛葉紘汰にとって、それは変化を加速させることにしかならないのではないか?と予想しないわけにはゆかない。