刑事の現場第三話

NHK総合土曜ドラマ「刑事の現場」。
作:三上幸四郎。音楽:coba。主題歌:大橋卓弥スキマスイッチ)。演出:土井祥平。第三回「運び屋を追え」。
愛知県警察東和警察署の捜査課捜査一係の加藤啓吾巡査(森山未來)と、捜査一係長の伊勢崎彰一警部補(寺尾聰)との間の真剣な対峙の場面二つにはそれぞれに迫力があった。
(一)覚醒剤の運び屋として動く曽根真里子(葉月里緒奈)を、長時間の緊張と退屈を強いられる「張り込み」の末、当の薬物の受け渡しの現場で、迂闊にも一味の者によって背後から負傷させられ、捕らえるべき曽根真理子をも逃してしまう大失態をした加藤巡査が、再び捜査二係主任の瀬戸山瑞穂巡査部長(池脇千鶴)に協力して捜査に加わることを望み、その許しを求めたとき、上司である伊勢崎係長は云った。「生きて帰れ」と。
この言葉を加藤巡査は既に知っていた。これに先立つ張り込み捜査の合間、瀬戸山巡査部長との会話の中で加藤巡査が、自身の亡き父が殉職した際にその同僚だったらしい伊勢崎係長が果たして亡き加藤刑事のことを記憶しているのだろうか?との疑問を口にしたとき、瀬戸山巡査部長は、かつて伊勢崎係長から「生きて帰れ」との言葉を与えられたことを語り、ゆえに記憶しているだろうと思われることを述べた。しかし加藤巡査はそのような言葉をかけられたことはなかった。
そうした中、一つ間違えれば重傷どころか生命にも係わりかねない失態をした加藤巡査が、それでも敢えて再び同じ現場へ戻ろうとしたとき、まさしく「生きて帰れ」の言葉を与えられたのだ。胸に重く響いたことだろう。
(二)捜査一係の殺人事件と、捜査二係の覚醒剤事件。二つの重い事件が終結を見て屋上で休憩していた加藤巡査に伊勢崎係長が話しかけてきたとき、加藤巡査は自らの亡き父について訊ねたところ、伊勢崎係長は応えた。「人一倍、正義感の強い、プライドのある、立派な奴だった。しかしだ、刑事としては、俺は認めない」。泣き顔に近い表情に化しての、この力のこもった言は重く響かざるを得ない。
ところで。曽根真理子は昔は音楽家を志したことのある人であり、思い出の曲は「アルビノーニアダージョ」だった。しかし加藤巡査と瀬戸山巡査部長が張り込みのため曽根真理子を追って入った喫茶店内で流れていた曲は西洋音楽史上に屈指の美しい歌、ヘンデル(1685-1759)の歌劇「セルセ(クセルクセス)」第一幕の冒頭を飾るペルシャ王セルセのアリオーソ「このような木蔭は(Ombra mai fu)」。それをピアノで奏でたもの。同じ曲は、東和警察署の取調室内、吾が子の罪を引き受けようとしていた中沢繁治(村田雄浩)が泣きながら真相を語り始める場面でも流れた。この美しい旋律が、今回の二つの救いのない重い事件を、この上なく静かに優しく和らげてくれた。
ところで。中沢弘道役の森田直幸と、曽根仁志役の武井証は二〇〇六年三月十七日と十八日の二夜にわたり放送された「女王の教室」特別篇に出演していた。武井証は主に第一夜のエピソード1「堕天使」に。森田直幸は第二夜のエピソード2「悪魔降臨」に。それぞれ準主役と云ってよい役だった。