旅行記六東京国立博物館

旅行記六。朝早めに起きて、NHK朝の連続テレビ小説ゲゲゲの女房」を見たあと八時十五分からホテルの食堂で大いに朝食。準備を整えて外出。十時頃、東京国立博物館に到着。
東京国立博物館平成館で開催されている特別展「誕生!中国文明」を観照。話題の「金縷玉衣」(前漢/紀元前一世紀/河南博物院蔵)をはじめ興味深い出品物の多い中で、特に興味深かったのは後漢の洛陽の貴族の豪奢な邸宅の姿を伝えると考えられる「七層楼閣」(後漢/二世紀/蕉作市博物館蔵)。「神獣多枝灯」(後漢/一世紀)は神仙思想の図解のように見えた。「徐義墓誌」(西晋/元康九年/二九九年/河南博物院蔵)に見る素朴な書体が極めて美しかった。
十二時四十分頃に中国文明展の会場を出て一階へ降り、平成館企画展示室で九月二十日まで開催されている「古代エジプトのミイラ」を観照。展示されているのは少し前まで東洋館では常設展示されていた資料群で、東洋館の改修工事が始まって以来、見ることを得なくなっていたが、今回、古代中国のミイラである「金縷玉衣」の展示に関連して久し振りに公開されたのだろう。好企画。この博物館では単なる「特集陳列」として扱われているが、地方の美術館へ持ってゆけば、規模は小さいとはいえ、立派に特別企画展として成り立つ内容であると思う。
昼一時の少し前、同じ平成館一階の休憩所へ行き、鶴屋吉信の菓子「つばらつばら」一個を購入し、珈琲と緑茶を購入した上で、予め購入して持参しておいたパンで簡単な昼食。そして平成館から本館へ。
近代美術展示室には、小林古径の「異端(踏絵)」や今村紫紅の「風神雷神」、前田青邨の「湯治場」三題、川上冬崖の「風景」、高橋由一の「国府台真景」等とともに大智勝観の「梅と蓮」二曲屏風一双も出ていた。菱田春草の「田家の烟」も見慣れない作品で興味深かった。近代工芸展示室には、初代宮川香山の名作「褐釉蟹貼付台付鉢」(重要文化財)が出ていた。
帝王階段の下にある一階の企画展示室では「仏像の道-インドから日本へ」。展示品の一つ、クシャーン朝(2-3世紀)のパキスタンガンダーラの浮彫による仏伝「仏誕・灌水」には、いかにも古典古代風の姿勢で立つ人々が見える。
壮麗な帝王階段を上がり、二階へ。左側の企画展示室では中国書画の特集。明代、呂紀筆「四季花鳥図」四幅(重要文化財)中の一幅は濃厚で端整。島津家の旧蔵品。清代、王岡筆「四季花鳥図巻」は彩色もフォルムも妖艶で豪奢。趙之謙筆「花卉図」四幅対は単純な形体と淡くも鮮やかな色彩が楽しい。
国宝展示室には、藤原行成筆「白氏詩巻」(国宝)。「伝藤原行成筆」ではなく正真正銘「藤原行成筆」であるのが凄い。仏教美術展示室には、伝土佐光信筆「十王像」の内「閻魔王」「五官王」「秦広王」「宋帝王」「初江王」五幅(重要文化財)等。「北野天神縁起絵巻断簡」は、天神が柘榴を炎に変えて寺を燃やそうとする場面を描いた部分を掛幅にしたもの。宮廷美術展示室には、「土蜘蛛草紙絵巻」(重要文化財)。色々な妖怪が登場して、この季節には相応しい。ゲゲゲの宮廷美術と云えよう。
禅宗水墨画展示室には、可翁仁賀筆「楼閣山水図」、惟肖得巌賛「李白観瀑図」(重要文化財)、伝如拙筆「書画図屏風」等。啓孫筆「竹林七賢図屏風」では岩や樹木の描き方が面白かった。屏風襖絵展示室には、海北友松筆「山水図屏風」、狩野興以筆「山水図屏風」、そして雲谷等顔筆「山水図屏風」(重要文化財)の三点。
書画展開展示室には、俵屋宗達筆「龍樹菩薩図」、尾形光琳筆「伊勢物語八橋図」、酒井抱一筆「夏秋草図屏風」(重要文化財)、狩野養川院惟信筆「石橋山・江島・箱根図」三幅対、狩野晴川院養信筆「武州金沢図」、椿椿山と岩瀬鴎所と浅野梅堂それぞれの花鳥画大幅、中島来章筆「游鯉図」、椿椿山筆「中戸祐喜像」等。
尾形光琳伊勢物語八橋図は、在原業平一行の狩衣の文様までも美麗に描かれてあり、極めて典雅。酒井抱一の夏秋草図は傑作。狩野養川院惟信の三幅対では、左右の幅が真景図であるのに対し、中央の幅は石橋山合戦か何かを表してある。狩野晴川院養信のも爽やかな真景図。谷文晁筆「戸山荘図巻稿本」は完成作ではなく彩色も欠いてあるからこそ却って線のみによる描写の美しさを際立たせていると見えた。
次いで一階へ。歴史資料展示室「歴史を伝える」では特集「古写真」の第四回「人物を写す」。勝海舟上野彦馬撮影)、大久保利通西郷従道岩倉具視三条実美高杉晋作伊藤博文上野彦馬撮影)、井上馨大隈重信井上毅箕作秋坪、福地源一郎等の貴重な肖像写真等。
夕方四時半頃に本館を出て、表慶館へ。一階のアジア美術ギャラリー第七室と第八室で印度ガンダーラ、東南アジア、西アジアとエジプトの古代美術を観照したのち、五時頃、最後に法隆寺宝物館へ。そして六時の少し前に東京国立博物館をあとにした。
上野恩賜公園の噴水の方角へ向けて歩いていたとき、脇の国立科学博物館を不図見れば、少なからぬ人々の集まっているのが見えた。近寄ってみれば、私服の警察と思しい集団が警備にあたっていた。何事かと思い、制服の巡査に訊ねてみれば「皇室の方が来館中」であるとのこと。かなり軽めの警護の体制であるように見えたので恐らくは宮家の方ではないかと推測しつつ、玄関からどなたが出てこられるかを待ってみれば、何と驚くべき哉、六時二十一分、玄関から御姿を現されたのは畏れ多くも、天皇 皇后 両陛下にあらせられた。地方に両陛下の行幸行啓があるとなると皆で歓迎の意を表するため大騒ぎになるものだが、東京都内では斯くも身軽に行幸啓がなされるものだったのか。両陛下は、黒塗の車に乗車なさる前にわざわざ車の手前に御出座になられ、集まった吾等国民や外国人観光客のために御手振りの挨拶を下された。そして両陛下を乗せた車が博物館の車寄を去ろうとするとき、極めてゆっくりと動き、交歓の場を設けられた。予想もしなかったところで行幸啓に遭遇して誠に光栄だったが、この幸運の一部始終をデジタルカメラで記録することを得た。
上野駅の近くの、高架下の蕎麦店の天麩羅定食で夕食。ホテルに帰った。昨日も今日も何冊もの図録を購入してはそれ等を御徒町で購入したバッグに入れて肩で担いで長時間を歩き続けることをしたので、かなり疲れている。それで今日は宿泊室内に戻るや眠くなり寝てしまっていた。