学校じゃ教えられない!第七話

日本テレビ系。火曜ドラマ「学校じゃ教えられない!」。
脚本:遊川和彦。音楽:福島祐子&高見優。プロデューサー:大平太&桑原丈弥&井上竜太(ホリプロ)&太田雅晴(5年D組)。制作協力:ホリプロ5年D組。演出:石尾純。七限目。
今宵このドラマを、先週までの六話からの連続性において視聴し得た人々は、最高の青春ドラマ誕生の瞬間に立ち会ったのだ…と書くと少々大袈裟に過ぎると云われるかもしれないが、でもそれが正直な感想なのだ。
一限目から五限目にかけて、水木一樹(中村蒼)と見城瞳(朝倉あき)と西川叶夢(森崎ウィン)との間の、片想いの連鎖の上に保たれていた微妙な均衡の状態は、先週の六限目において、早くから実は両想いの関係にあった叶夢と横山永璃(仲里依紗)とが目出度く結ばれたことによって崩壊した。普段は常に落ち着いているはずの一樹が何時になく苛立っていたのは、均衡を崩壊させた出来事の重大性をよく表していたと云えるだろう。六限目の最後から七限目の冒頭にかけて、彼が瞳に交際を申し込んだのも、そのことの衝撃の大きさを物語る。一樹の「優しさ」について瞳は幾度も語ってきたが、実のところ一樹が瞳に交際を申し込んだとき、彼は瞳の想いを知った上で何時もの「優しさ」を発動したつもりでもあったに違いない。瞳に優しく振る舞うことによって己の傷心をも優しく癒すことができるとでも思ったろうか。だが、ここにおいて彼は、そのような中途半端な発動が瞳の想いを残酷にも踏みにじることにしかならない恐れに、思い至るだけの「優しさ」も欠いていたのだ。
その意味において意味深いのは、彼の怒りの場における発言だ。「好きな者同士つき合えるなんて、キセキみたいなもんなのに!」「自分がどれだけ幸せなのか、全然わかってねえんだから!」という言は、事実上、二限目において既に彼が発した言と同じだ。「好きな者同士つき合えるなんて、キセキみたいなもん」とは、彼が常々思っていることだ。実際、彼にとって恋焦がれる相手と結ばれることは、とても起こりそうもない奇跡としか云いようがない。なにしろ彼の片想いの相手は、無類の女好きの叶夢。しかも今や永璃と好きな者同士で付き合い始めた叶夢なのだ。だから叶夢が「親友カズ」のこの怒りを宥めようとしたとき、一樹の怒りは爆発した。「おまえは何にも解ってないな」「オレはおまえを親友と思ったことなんか一回もねえよ」。確かに叶夢は一樹の密かな片想いのことなんか何も解ってはいなかった。だが、それを云うなら一樹だって、瞳の想いのことなんか何も解ってはいなかったのだ。一樹が怒りを爆発させて無二の親友への絶交の言を発した瞬間の、瞳の泣き出しそうになっていた顔が忘れ難い。そして叶夢の、「信じないぞ!オレは絶対信じないから!」という悲鳴も、到底忘れることができない。
夜の学校の社交ダンス部室。一樹に対し肉体関係を迫った瞳は、一樹に拒否され、逃げられた。そのとき偶然にも室内にいて一部始終を垣間見ていた相田舞(深田恭子)に、瞳は「なんでこうなっちゃうかなあ」、「あいつに自分の気持ち、ちゃんと言葉にして伝えてないのに」と云って、そして泣いた。一樹に呼び出されて外出する前の瞳が、一寸おめかしをしようとして色々楽しそうに悩んでいたところを弟たちにからわかれていたときの、あの何とも幸せそうな姿を吾等視聴者は知っている。だからこそ、瞳の悲しみに吾等も胸を痛めずにはいない。
しかし想い起こせば、かつて二限目において「オレ、思うんだけどさ、自分が好きで好きで堪んない人が、こっちのこと好きになってくれたら、それって奇跡みたいなもんだって」と語った一樹は、そのあとに続けて「オレたちってさ、今、何でも直ぐに諦めたりしてない?好きな人がいてもさ、フラレルのが怖くて告んなかったり、周りの目、気にして何もしてなかったり」と語っていたのだ。一樹が、叶夢に嫌われるのを恐れて決して告白しようとはしないのと同じように、瞳もまた、一樹に「自分の気持ち、ちゃんと言葉にして伝えてない」のも確かだったのだ。告白できないから、「親友と思ったことなんか一回もない」と云ってしまったり、いきなり服を脱いで肉体関係を迫ったり。
だが、瞳は一樹に告白してはいないが、瞳が真行寺夏芽(三浦葵)との会話の中で一樹への想いを告白したのを、一樹は見ていた。瞳の苦しみを、一樹は想像できるはずだった。もともと彼は賢くて想像力に富んで、真に優しい少年なのだ。だから彼は、叶夢に正式に告白することを瞳に誓った。
翌日。炎天下の学校のプール。眩い太陽の下、青い水面、白い壁の前。制服の白いシャツを着た二人の少年が向かい合った。告白のとき。だが、それは余りにも傑作な応答の連続だった。真剣なのに笑えて、そして泣ける。
「オレはおまえが好きなんだ」「オレも好きだよ、カズのこと」「だから、そうじゃなくて」「じゃあ、嫌いなの?」「嫌いじゃないけど…」「じゃあ、いいじゃん」「いや、だから、よくないって」「なんだよ、おまえ何がいいたいんだよ」「だから、おまえのことが好きなんだよ」「オレもおまえのこと好きだって」「だから、おまえとオレの好きは違うんだって」「…どういうこと?」「だから、わかんだろ?一生いえないって思ってたんだから」「じゃあ、これは、つまり、単なる友情とかじゃなくて、それ以上ってこと?」「そうだ」「オレが他の奴とイチャイチャしてたらムカツクとか?」「ムカツク」「オレに見詰められたらドキドキするとか?」「する」「じゃあ、オレとデート…」「もう、勘弁してくれよ!こっちは心臓バクバクで、倒れそうなんだから」「…ゴメン」「じゃあ、もう一つだけ」「何だよ」「オレとキスしたい?」「…したい」「そっか…。じゃ、しよう!」「え?」「キスしよう、カズ」「いいのかよ?」「男とキスとか、超ムリとか思ってたけど、したこともないのにそんなこというの失礼だもんな。それに、してみたら案外よかったりするかもしんないし。しようぜ、カズ」。
このとき叶夢が無理をしていたのは明白だ。「男とキスとか、超ムリ」なのだ。一樹にキスをされた直後の、叶夢のあの苦そうな不味そうな気持ち悪そうな表情はそれを物語る(美しいキス場面だったのに)。
「ゴメン。やっぱムリだわ、こういうの」と正直に告白した叶夢に、一樹も「だよな」と肯くしかなかった。
ところが、叶夢という人物の凄さがそのあとに明らかになった。「超ムリ」な男同士のキスを受け容れてでも守りたいものがあって、その思いの篤さが全てを超越していたのだ。
「なあ、カズ、オレたち終わりじゃないよな?まさか、もう親友じゃないとか、いわないよな?おまえがいなくなったらオレどうしていいか判んねえよ。小学校からずっと一緒にいるのが当たり前だったからさ。なあ、カズ、オレのこと見捨てないでよ」。
叶夢の「おまえがいなくなったらオレどうしていいか判んねえよ」というのが正直な気持ちであることを、一限目から今宵まで全て見てきた視聴者であれば知っている。叶夢は、何時でも頼りになる親友として一樹を必要としていて、そして一樹は何時もその期待に応えてきた。一樹は親友として付き合ってきた相手に恋愛感情を抱いてしまっている状態についに耐え切れなくなって逆に不本意にも「親友と思ったことなんか一回もねえ!」と云ってしまったが、叶夢には、たとえ友情に恋愛が混じろうとも、無二の親友への愛を諦めることなんかできなかったのだ。彼は一樹の想いを「単なる友情とかじゃなくて、それ以上ってこと?」と形容したが、実のところは意外にも、彼にとって友情こそが恋愛「以上」なのではないのだろうか。なにしろ永璃によれば叶夢は、一樹から「親友と思ったことなんか一回もねえよ!」と云われたあと、熱を出して寝込んでしまっていたのだ。
一樹からの愛の告白をも超越する程の、この叶夢からの素直な友情、友愛の告白に、一樹も今、漸く素直になって、「そんなことしないよ」と答えることができた。「ホントか?」「オレは一生おまえのそばにいる」「よかったあ!ありがとう!カズ。おまえ、やっぱ最高だよ。これからも末永くよろしくな!」。一樹からのキスを苦い表情で受け止めた叶夢は、今度は一転、当たり前のように一樹を抱き締めて喜びを表していた。「わかったから」という一樹の返事は既に何時もの調子を取り戻していた。しかし何時もの調子に戻ることができたこと自体が真に「キセキみたいなもん」であると思う。